先生×秘密 〜season2

夕方、喫煙所で渡部が座ってタバコを吸っている。

「……一本いいですか」
角谷が隣に座った。

表情はいつになく固く、どこか覚悟を決めたような目をしている。

「タバコ吸うんだ」
と言いながら、ケースとライターを渡す。

「いいえ。吸いません」
と言いながら火をつけ、角谷はタバコを吸う

ほんのわずかな間の後、ぽつりと切り出す。

「最近……少しお疲れそうに見えて、心配してました」

「……ああ。ちょっと先が見えずでして」

「そうですか? どの生徒もだいたい終着してる気がしてますよ。角谷先生が、しっかり導いてあげてるんですね」

渡部がそう返すと、角谷はふっと目を伏せた。

「……違います。僕自身のことです」

その言葉に、渡部の視線が少しだけ鋭くなる。

「今は生徒のことをしっかり考えてあげなければいけない時期なのに……僕自身の終着地がなくて」

しばらく黙って聞いていた渡部だったが、ふと静かに口を開いた。

「……コメ先生のことですか?」

角谷は、少し驚いたように顔を上げた。

「お見通しですね。そうです。あなたとの関係に……モヤついてました。教えてください。あなたとの関係」

渡部はゆっくりと息を吸い、短く答える。

「元教え子で、今は同僚です」

「それだけ?」

「……それ以上は、ありません」

角谷は、思わず机に視線を落とした。そして──

「じゃあ……! じゃあ、あのキーホルダーは?」

その声には、感情がにじんでいた。

「iPadケースについていた、あのキーホルダー。コメも、同じものを持っていたんです。彼女は“修学旅行で買った”って言ってました。あなたは?」

渡部は、少しの間を置いて答えた。

「……私も、修学旅行で買いました。それだけです」

「それだけ。そうですよね。……一緒に修学旅行行ってますもんね。色々なストーリーがあったと思います。みんなで一緒に買ったとか……ね」

角谷の声は少しかすれていた。

「ごめんなさい。……取り乱しました」

「いえ……」

「すみません。用事は、これだけなんです。失礼します」

そう言って立ち上がった角谷の背を、渡部はただ、黙って見送った。

そして、閉まったドアの前で、ひとつだけ深く息をつく。

(……そういうことか)

ただのキーホルダー。
ただの、修学旅行の品。
でも、彼にはもう、“ただの”には見えなかった。

そして今──
それを“ただのもの”として受け流した自分にも、ほんの少しだけ、苦みが残った。