夕暮れの職員室。
机の上には、生徒たちからもらった義理チョコや差し入れが並んでいる。
中にひとつ、小ぶりで、包装が丁寧な箱。
それが、コメからのチョコだった。
角谷はそれをじっと見つめながら、手を伸ばしかけて——やめた。
引き出しに静かにしまい、深く息をつく。
「……今日は、重いな」
小さくつぶやいた声は、自分に向けたものだった。
⸻
昼休み、コピーを取りにいく途中、すれ違った渡部がふいに言った。
「先生も、もらいました?」
「……え?」
「チョコ。バレンタインなんで、いろいろもらってるでしょ」
笑いながらの会話だった。
なんてことない雑談のはずだった。
けれど角谷は、その裏側に、うっすらとした何かを感じた。
(……最近、渡部先生、少し踏み込んでくる)
それは勘違いかもしれない。
ただの気のせいかもしれない。
でも、渡部がコメを見る時のあの目。
近くで話している時の、ほんの一瞬の空気の動き。
あれは、男にしかわからない類の“矢印”だ。
そして、自分の中にある“問い”がふいに浮かび上がる。
——渡部先生にも、コメからチョコは渡されたんだろうか?
聞きたい。聞いてしまえば、きっと何かが明らかになる。
でも、それは——
(……そんなこと、聞けるかよ)
自分は、頼れる教師でありたかった。
進路のことでは、まだまだ渡部の経験に助けられているが
生徒からの信頼も厚く、尊敬されている存在だ。
その自分が、「チョコ、もらった?」なんて。
嫉妬や不安で問い詰めるような器の小さい男だと、思われたくなかった。
だから、笑った。
チョコをくれた彼女にさえ、問い詰めることはしなかった。
「ありがとな。嬉しかったよ」
そう言って受け取ったのは、コメの優しさだけ。
本当は、その手に、何人分のチョコが残っていたのか。
知るのが、こわかった。
机の上には、生徒たちからもらった義理チョコや差し入れが並んでいる。
中にひとつ、小ぶりで、包装が丁寧な箱。
それが、コメからのチョコだった。
角谷はそれをじっと見つめながら、手を伸ばしかけて——やめた。
引き出しに静かにしまい、深く息をつく。
「……今日は、重いな」
小さくつぶやいた声は、自分に向けたものだった。
⸻
昼休み、コピーを取りにいく途中、すれ違った渡部がふいに言った。
「先生も、もらいました?」
「……え?」
「チョコ。バレンタインなんで、いろいろもらってるでしょ」
笑いながらの会話だった。
なんてことない雑談のはずだった。
けれど角谷は、その裏側に、うっすらとした何かを感じた。
(……最近、渡部先生、少し踏み込んでくる)
それは勘違いかもしれない。
ただの気のせいかもしれない。
でも、渡部がコメを見る時のあの目。
近くで話している時の、ほんの一瞬の空気の動き。
あれは、男にしかわからない類の“矢印”だ。
そして、自分の中にある“問い”がふいに浮かび上がる。
——渡部先生にも、コメからチョコは渡されたんだろうか?
聞きたい。聞いてしまえば、きっと何かが明らかになる。
でも、それは——
(……そんなこと、聞けるかよ)
自分は、頼れる教師でありたかった。
進路のことでは、まだまだ渡部の経験に助けられているが
生徒からの信頼も厚く、尊敬されている存在だ。
その自分が、「チョコ、もらった?」なんて。
嫉妬や不安で問い詰めるような器の小さい男だと、思われたくなかった。
だから、笑った。
チョコをくれた彼女にさえ、問い詰めることはしなかった。
「ありがとな。嬉しかったよ」
そう言って受け取ったのは、コメの優しさだけ。
本当は、その手に、何人分のチョコが残っていたのか。
知るのが、こわかった。



