先生×秘密 〜season2

夕暮れの職員室。
机の上には、生徒たちからもらった義理チョコや差し入れが並んでいる。
中にひとつ、小ぶりで、包装が丁寧な箱。
それが、コメからのチョコだった。

角谷はそれをじっと見つめながら、手を伸ばしかけて——やめた。

引き出しに静かにしまい、深く息をつく。

「……今日は、重いな」

小さくつぶやいた声は、自分に向けたものだった。



昼休み、コピーを取りにいく途中、すれ違った渡部がふいに言った。

「先生も、もらいました?」

「……え?」

「チョコ。バレンタインなんで、いろいろもらってるでしょ」

笑いながらの会話だった。
なんてことない雑談のはずだった。
けれど角谷は、その裏側に、うっすらとした何かを感じた。

(……最近、渡部先生、少し踏み込んでくる)

それは勘違いかもしれない。
ただの気のせいかもしれない。
でも、渡部がコメを見る時のあの目。
近くで話している時の、ほんの一瞬の空気の動き。
あれは、男にしかわからない類の“矢印”だ。

そして、自分の中にある“問い”がふいに浮かび上がる。

——渡部先生にも、コメからチョコは渡されたんだろうか?

聞きたい。聞いてしまえば、きっと何かが明らかになる。

でも、それは——

(……そんなこと、聞けるかよ)

自分は、頼れる教師でありたかった。
進路のことでは、まだまだ渡部の経験に助けられているが
生徒からの信頼も厚く、尊敬されている存在だ。

その自分が、「チョコ、もらった?」なんて。
嫉妬や不安で問い詰めるような器の小さい男だと、思われたくなかった。

だから、笑った。
チョコをくれた彼女にさえ、問い詰めることはしなかった。

「ありがとな。嬉しかったよ」

そう言って受け取ったのは、コメの優しさだけ。
本当は、その手に、何人分のチョコが残っていたのか。
知るのが、こわかった。