渡部は、曇りガラス越しに冬の午後の光を見つめていた。
放課後、職員室の端。
静かになった教室から、まだ帰らない生徒たちの笑い声がときどき漏れてくる。
「……三年の吉川くん、面談どうだった?」
教科会議のあと、なんとなく角谷に声をかけたときの、あの会話が頭から離れなかった。
——“昔が、あの子にとって大きな存在だったんじゃないかな”。
渡部はあえて、それ以上言わなかった。
でも角谷の顔には、はっきりとした「動揺」が見えた。
(やっぱり、気づいたな)
コメと角谷が付き合っていることは、知っていた。
知っていたからこそ、触れないようにしてきた。
触れたら、戻れなくなる気がしていた。
……だけど。
ここ最近、あの子の笑顔に、少し無理が混ざっていることに気づいてしまった。
誰の前で、どんな顔をしているか。
どこで「好き」を隠して、どこで「大人の顔」をしているのか。
それを、知ってしまう立場にいるのが苦しかった。
机の上には、今日配布された入試日程の一覧。
受験生の追い込みの時期だ。
先生たちも、皆ピリピリしている。
だけど——渡部の胸の中にあるのは、別の焦燥だった。
(……時間がない)
そう、何度も思う。
何がどうなるわけでもない。
言ったところで、何か変わるわけじゃない。
それでも。
——あのとき、何も言わなかった自分に、今も後悔しているのだ。
「……“昔”って、どうして、あんなに遠くなるんだろうな」
小さくつぶやいた言葉は、自分の胸にだけ落ちた。
次の瞬間、職員室のドアが開く。
コメがプリントを抱えて戻ってきた。
目が合った。
コメは、少し微笑んで、小さく会釈した。
(何も知らない顔、してるな)
その笑顔が、今はどうしようもなく、切なかった。
渡部は、静かに視線を落とし、閉じていた資料をもう一度開いた。
——動くなら、きっと今しかない。
でも、その「今」をどう掴めばいいか、まだわからなかった。
放課後、職員室の端。
静かになった教室から、まだ帰らない生徒たちの笑い声がときどき漏れてくる。
「……三年の吉川くん、面談どうだった?」
教科会議のあと、なんとなく角谷に声をかけたときの、あの会話が頭から離れなかった。
——“昔が、あの子にとって大きな存在だったんじゃないかな”。
渡部はあえて、それ以上言わなかった。
でも角谷の顔には、はっきりとした「動揺」が見えた。
(やっぱり、気づいたな)
コメと角谷が付き合っていることは、知っていた。
知っていたからこそ、触れないようにしてきた。
触れたら、戻れなくなる気がしていた。
……だけど。
ここ最近、あの子の笑顔に、少し無理が混ざっていることに気づいてしまった。
誰の前で、どんな顔をしているか。
どこで「好き」を隠して、どこで「大人の顔」をしているのか。
それを、知ってしまう立場にいるのが苦しかった。
机の上には、今日配布された入試日程の一覧。
受験生の追い込みの時期だ。
先生たちも、皆ピリピリしている。
だけど——渡部の胸の中にあるのは、別の焦燥だった。
(……時間がない)
そう、何度も思う。
何がどうなるわけでもない。
言ったところで、何か変わるわけじゃない。
それでも。
——あのとき、何も言わなかった自分に、今も後悔しているのだ。
「……“昔”って、どうして、あんなに遠くなるんだろうな」
小さくつぶやいた言葉は、自分の胸にだけ落ちた。
次の瞬間、職員室のドアが開く。
コメがプリントを抱えて戻ってきた。
目が合った。
コメは、少し微笑んで、小さく会釈した。
(何も知らない顔、してるな)
その笑顔が、今はどうしようもなく、切なかった。
渡部は、静かに視線を落とし、閉じていた資料をもう一度開いた。
——動くなら、きっと今しかない。
でも、その「今」をどう掴めばいいか、まだわからなかった。



