夜の職員室。
プリンターの音も止まり、誰もいなくなったはずの空間に、まだ明かりがひとつだけ灯っていた。
角谷は、自分の机に座ったまま、ゆっくりとページをめくっていた。
手にしていたのは、この間持ち帰った卒業アルバム。返す前にもう一度見る。
(あれが……昔の渡部先生との関係に関係あるものだとしたら)
ふと、あの夜が頭をよぎる。
彼女の部屋で、ネックレスの隣にあった、あのキーホルダー。
革ひもに、小さな金属のプレート。飾り気はないけれど、妙に存在感があった。
(似てるんだよな……)
アルバムを、最初から丁寧にめくっていく。
ページを一枚ずつ、時間をなぞるように。
職員ページ。
まだ若い渡部が、白衣の下から覗くネクタイ姿で写っている。
ページを進める。
行事。体育祭、修学旅行、文化祭——
その文化祭の委員会ページ。
写真の端。ピースをして笑っている女子生徒の横に、ひとりの先生。
彼女を見て笑っている渡部。そして、その肩には、生徒と並ぶさりげない距離感。
ふと目をこらす。
女子生徒のかばんに、小さなキーホルダーがぶらさがっていた。
——革ひもに、金属のプレート。
(……これだ)
ページを閉じることができなくなった。
なんとなく感じていた違和感が、ひとつの形になって胸に落ちた。
それでも、声には出さなかった。
彼女が隠していることを責める気にはなれなかった。
だけど、知らなかった時間が、そこにあったのだという事実だけが、胸の奥に静かに重く沈んでいく。
そして、ぽつりとつぶやく。
「……やっぱり、あのキーホルダー、この頃の…」
灯りの下で、彼の指先が、もう一度そのページをなぞった。
彼女の笑顔の隣にいる、その人の視線が、まっすぐに彼女を見ているように思えて。
ページを閉じた手の中には、まだ、その熱が残っていた。



