先生×秘密 〜season2

「今日さ……コメの家、行ってもいい?」

帰り際、職員室の扉を閉める寸前で、角谷が言った。

「え、どうしたの?」

問い返した声に、とくに深い意味はなかったけれど——
彼の表情が、少しだけ疲れていることに気づいた。

冬の終わり。
三年生の進路指導も山場に差しかかり、
角谷が受け持つ生徒たちは、まさに最後の追い込み。

「……疲れた顔してるよ」

「うん。ちょっとだけ、息抜きしたいなって」

その声が、どこか無防備だった。

「いいよ。何か、あったかいの作るね」

***

テーブルに湯気の立つ煮込みハンバーグ。
ほかほかの炊き立てごはん。
「あと、野菜もちゃんと食べるようにね」と、コメが笑う。

「うわー、完璧じゃん。彼女力……高っ」

「彼女力って。子どもの栄養管理してる母みたいでやめて?」

箸を持ちながら、2人の笑い声が交差する。

「……ラストスパート、がんばろうね」

ビールのグラスを合わせながら、コメが言った。

「うん、ありがと。……ほんと癒されるわ」

そんな言葉が、まっすぐで、少しだけ切なくて。

「もう一本、飲んじゃおっかな〜」

そう言いながら、コメが冷蔵庫へ向かう

コメが離れると、角谷は小さなアクセサリーケースを見る。

「…やっぱりか」

自分が贈ったネックレスのとなりに、
革ひもに小さな金属プレートがついた、飾り気のないキーホルダー。

「これ、どうしたの?」

何気なく尋ねたつもりだった。
けれど、コメが冷蔵庫の中でピタリと動きを止める。

「え……?」

その反応に、角谷は軽く笑ってみせた。

「俺のあげたネックレスの、となりにあったからさ。ちょっと気になっただけ」

「……あぁ、それでか」

コメの表情に、ふっと安堵の色が差す。

「むかーし、修学旅行で買ったやつだよ。意味とかないの」

「へえ。そうなんだ」

それ以上、何も言わなかった。

話題は自然に流れて、また夕飯の続きを再開する。

でも、角谷の中に、小さな引っかかりだけが静かに残っていた。

それが、記憶のどこに触れたのか。
それとも、未来のどこかへ繋がっているのか。

まだ、わからなかった。