三学期の午後。
進路指導が佳境に入った会議室では、受験生を担当する角谷と、サポートの渡部が静かに資料を突き合わせていた。
「川嶋くん、共通テストの自己採点、上がりましたね」
「この数字なら……国立、勝負できます」
角谷がうなずき、プリントに目を通す。
「……あ、B組の分の出願状況、資料室の棚に置いたままでした。すみません、取ってきます」
角谷が立ち上がる。
その一瞬の動きの中で、ふと、渡部の手元にあったiPadケースが視界に入った。
黒いナイロン地のシンプルなケース。
……そのファスナー部分に、小さな金属プレートのついた革紐のキーホルダーが、さりげなく揺れていた。
(……あれ?)
角谷は歩みを止めかけた。
記憶の奥で引っかかる何か。
——クリスマスの夜。
彼女の部屋。
ケーキを食べて、シャンパンを飲んで、笑いながら、彼女はネックレスをはずした。
そのとき、コタツ横の小物入れに、無造作に放られたキーホルダー。
……その形と、よく似ていた。
「角谷先生?」
「……あ、すみません、すぐ戻ります」
我に返るように会議室を出ていく。
***
数分後、角谷は資料を手に戻った。
「これです」
「ありがとうございます」
淡々と打ち合わせが再開される。
けれど、角谷の脳裏では、さっき見た“キーホルダー”の像が、ぼんやりと輪郭を帯びていた。
同じものかどうか、確証はない。
でも、それが“偶然”だとしたら、少し出来すぎている気がした。
そして渡部の方も──何かに気づいていた。
角谷の視線が一瞬、ケースに向いたこと。
それを見ていた渡部は、さりげなくケースに手を置き、その揺れるキーホルダーを包み込むようにして隠した。
——二人のあいだに、何も言葉は交わされない。
けれど確かに、“同じもの”を見て、それぞれの中で、静かに何かが灯り始めていた。
それが、過去の名残か。
それとも、これからの何かの兆しか。
その答えは、まだ誰も知らなかった。
進路指導が佳境に入った会議室では、受験生を担当する角谷と、サポートの渡部が静かに資料を突き合わせていた。
「川嶋くん、共通テストの自己採点、上がりましたね」
「この数字なら……国立、勝負できます」
角谷がうなずき、プリントに目を通す。
「……あ、B組の分の出願状況、資料室の棚に置いたままでした。すみません、取ってきます」
角谷が立ち上がる。
その一瞬の動きの中で、ふと、渡部の手元にあったiPadケースが視界に入った。
黒いナイロン地のシンプルなケース。
……そのファスナー部分に、小さな金属プレートのついた革紐のキーホルダーが、さりげなく揺れていた。
(……あれ?)
角谷は歩みを止めかけた。
記憶の奥で引っかかる何か。
——クリスマスの夜。
彼女の部屋。
ケーキを食べて、シャンパンを飲んで、笑いながら、彼女はネックレスをはずした。
そのとき、コタツ横の小物入れに、無造作に放られたキーホルダー。
……その形と、よく似ていた。
「角谷先生?」
「……あ、すみません、すぐ戻ります」
我に返るように会議室を出ていく。
***
数分後、角谷は資料を手に戻った。
「これです」
「ありがとうございます」
淡々と打ち合わせが再開される。
けれど、角谷の脳裏では、さっき見た“キーホルダー”の像が、ぼんやりと輪郭を帯びていた。
同じものかどうか、確証はない。
でも、それが“偶然”だとしたら、少し出来すぎている気がした。
そして渡部の方も──何かに気づいていた。
角谷の視線が一瞬、ケースに向いたこと。
それを見ていた渡部は、さりげなくケースに手を置き、その揺れるキーホルダーを包み込むようにして隠した。
——二人のあいだに、何も言葉は交わされない。
けれど確かに、“同じもの”を見て、それぞれの中で、静かに何かが灯り始めていた。
それが、過去の名残か。
それとも、これからの何かの兆しか。
その答えは、まだ誰も知らなかった。



