先生×秘密 〜season2


年末の新幹線は、予想以上に混み合っていた。

指定席に身を沈め、窓の外に流れる景色をただぼんやりと眺めていた渡部は、ジャケットのポケットに手を入れ、無意識に煙草を探しかけた。

「……帰省、ね」

独り、苦笑する。

実家は、北関東の町。駅から車で30分ほどの、小さな住宅街のはずれ。
両親はもう高齢で、最近は帰るたびにどこか小さくなっているような気がする。

「ただいま」

玄関の扉を開けると、父の「おう」というぶっきらぼうな声と、母の小さな足音が廊下の奥から聞こえた。

居間には、年季の入ったコタツと、母が毎年用意する栗きんとんの匂い。
特別なことはなにもないけれど、「帰ってきた」と思える風景がそこにはあった。

***

夜、旧友との飲み会を断って、一人で家の近くを歩いた。

通っていた高校の前まで来ると、ふと足が止まる。

静まり返った校舎。冬の冷たい空気。
この場所から、すべてが始まった。

「……教師なんて、なると思ってなかったんだけどな」

誰に向けたわけでもない言葉が、吐く息とともに白く昇る。

思い返すのは、あの教室。あの窓際の席。

真剣に問題に向き合うふりをして、実は教師をじっと見ていた、ひとりの少女。

——コメ。

あのとき、彼女が自分に投げかけていたベクトルは、
今になってようやく、どれだけまっすぐだったか、理解できる。

「……遅いよな、気づくのが」

ふいに、携帯が震えた。

【コメ:寒いですね。風邪、ひいてませんか?】

短いメッセージ。
けれどその文字列に、渡部はじんわりと胸が熱くなるのを感じた。

【渡部:こっちは雪が降りそうです。風邪ひくなよ】

送信ボタンを押したあと、画面を見つめながら、そっと呟いた。

「……もう一度、向き合うべきなのかもな」

目の前の校舎に、そっと頭を下げる。

自分がここで教師という道を歩み出したその原点に、
今、もう一度戻ってみようと思った。

年が明ければ、また日常が始まる。
でもその前に、もう一度だけ、自分の中に問い直しておきたかった。

——どうして教師になったのか。
——どうして、彼女のベクトルが、いまだに心に刺さるのか。

夜の静けさの中で、渡部はひとつ、深く息を吐いた。