先生×秘密 〜season2

25日の夜。

校舎の明かりはほとんど落ちていた。
生徒もいない、教師の姿もまばらな冬の教室。
窓から見えるのは、夜の街と、時折舞う小さな雪。

コメは一人、理科準備室で荷物の整理をしていた。

冬休み前の提出物、進路資料、次学期のプリント……。
頭の中は仕事でいっぱいのはずなのに、心はずっと、別のことばかり考えていた。

(……あれから、返信はないまま)

机の上、スマホの画面は黒いままだ。

「はぁ……」

深く息をついたそのとき、ノックの音。

「……いる?」

その声に、手が止まった。

ドアを開けた先、立っていたのは渡部だった。

「……先生」

「夜、誰もいなさそうだったから……」

理由になっていない理由を口にしながら、彼はおずおずと足を踏み入れる。
冬のコートも着ていない。シャツの上に、薄手のジャケット。
やっぱりこの人は、季節感がどこかズレている。

「……忙しい? 少しだけ、話せる?」

コメはこくりとうなずいた。

渡部は黙ったまま、準備室の窓際に立ち、しばらく外を見ていた。
その背中に、コメはそっと声をかけた。

「……クリスマス、ですね」

「……ああ。気づいたら、もう年末だな」

「先生、休みは……」

途中で言葉が詰まった。

そんなことを聞きたくて、ここにいたわけじゃないのに。

「……連絡、遅くなって、ごめん」

彼がぽつりと呟く。

コメは息をのんだ。

「……既読も、ついてなくて。あの……」

「スマホ、壊れてて。やっと今日、新しくした」

「……そうだったんですね」

ほっとしたような、でも、それだけじゃない複雑な気持ちが胸を満たした。

渡部がゆっくりと振り返る。
その目が、まっすぐコメをとらえる。

「……来年、異動なんだもんな」

その言葉に、コメは小さくうなずいた。

「うん……。」

「……でも、聞いたときより、今のほうがずっと……惜しいって思う」

コメは、うまく笑えなかった。

「先生、変わった」

「変わったかな」

「うん。昔は、そんなこと、絶対言わなかった」

そう返すと、渡部は照れたように視線をそらした。

「変わったのは、君のほうかもしれない。……俺がこんなふうに思うくらいには」

その言葉に、胸が静かに揺れた。

窓の外に、雪がひとひら、舞い落ちる。

「……また、会えるって思ってなかった。だから、ずっと、現実じゃないみたいで……」

コメの声がかすかに震えた。

「でも、こうして、話してると……また、どこかで終わるんじゃないかって」

「……終わりにしたいのか?」

「……したくないです」

小さな声で答えると、彼は少しだけ近づいた。

「じゃあ、今はまだ、ここにいよう」

ただそれだけが、今のふたりにとっての答えだった。

静かな冬の夜。
クリスマスのほんのわずかなひととき