年末最後の登校日。
生徒たちは終業式を終えて、一斉に冬休みに突入したばかり。
慌ただしくも、どこか解放されたような空気が、廊下に流れている。
職員室の中も、どこかゆるやかな空気。
「コメ先生、これ学年便りの下書きです〜」
「ありがとうございます……って、まだ出してなかったんですか?」
「え、バレた?」
笑いながらプリントを受け取る。
けれど、笑顔の裏では、ずっと何かが引っかかっていた。
——気づけば、今年も、もう終わるんだ。
この学校に来て、渡部と再会して、角谷と付き合って。
一学期、二学期と、時間はあっという間に過ぎていった。
なのに、心だけは、置いていかれてる気がする。
***
日が暮れる前。
コメはプリントの整理を終えて、コピー室へ向かった。
カチャッ。原稿をセットして、スイッチを押す。
印刷の音が鳴り始めたその間、ふとスマホを開く。
無意識に、渡部とのメッセージ画面を開いていた。
【今朝の風、すごかったですね。先生、コート着てなくて寒そうでした】
ちょっとした気遣いのメッセージ。
でも、そのまま——既読も、返信もない。
(……届いてないだけ、かもしれない)
そんなふうに思ってみるけれど、胸の奥はどんよりと曇ったままだ。
“気づかないフリ”をするのも、“傷ついてないフリ”をするのも、疲れてきた。
誰かとちゃんと繋がるって、どうしてこんなに難しいんだろう。
***
夜、帰り支度をしていると、角谷からLINEが届いた。
【お疲れさま!コート忘れてない?寒いから気をつけて!】
【年明け、初詣いけたらいいね。予定あけといて】
優しい言葉が並ぶ。
でも、それを読んでいる自分の顔に、笑顔は浮かんでいないことに気づいた。
(あたし、いまどんな顔してるんだろ)
スマホを閉じて、白衣のポケットにしまう。
校舎の窓から見える空は、冬らしく澄んでいた。
その中に、小さな星がひとつだけ瞬いていた。
——6年ぶりに再会しても、また離れるかもしれない。
来年、私はここを去る。
何も言えずに、何も変えられずに。
「……短いな、一年って」
ひとりごとのようにこぼした言葉が、空に吸い込まれていった。



