「すごい……こんなに並んでるんですね」
駅前のイルミネーションロード。
点灯式が行われたばかりの通りには、カップルや家族連れが列をなし、空気はどこか華やいでいた。
コメはマフラーをきゅっと巻き直しながら、列の先に見える光のゲートを見上げる。
「寒いな、大丈夫? 手、冷たくない?」
隣で角谷が、ポケットからカイロを取り出して渡してくれた。
「……ありがとう。先生、こういう所慣れてるんですか?」
「いや、全然。初めて来た。……でも、こういうの、君は好きかなって」
さらっと言ったその言葉に、コメは一瞬、まぶしい光に目を細めた。
角谷のこういうところが、すごく好きだと思う。
一歩引いて、でもちゃんと寄り添ってくれる優しさ。
2人で写真を撮ったり、ホットワインを飲んだり、ベンチで少しだけ人の流れを眺めたり。
ほんの少し非日常の空気の中で、コメは何度も笑っていた。
何もかも、穏やかで、幸せで──
それなのに、不意に、胸の奥に“ノイズ”のようなものが走る。
(なんだろう、この……隙間みたいな感覚)
帰り道、手をつなぎながら駅まで歩く。
角谷は、ふいに言った。
「最近、生徒たち、ちょっとずつ進路に向けて動いてて。冬休み、準備期間として大事だなって感じてる」
「うん。親もピリピリしてくる時期」
「……君の手伝いとか見て、進路指導に向いてるって、校長先生も言ってたよ。信頼されてるんだね」
そう言われて、コメは一瞬、視線を落とした。
(信頼……されてるんだ)
「……ありがとうございます」
嬉しい。でも、それ以上の言葉が出てこなかった。
駅のホームに着いたとき、コメは角谷に言った。
「今日は、楽しかったです。ありがとう」
角谷はにこりと笑って、「こっちこそ」と答えた。
ホームに風が吹いた。
少し離れたベンチに座るカップルが、笑いながら寄り添っている。
その光景に、自分と渡部の姿を重ねそうになった。
……でも、すぐに首を振って、その気持ちを追い払う。
(だめだ。今、私は角谷先生と……ちゃんと向き合ってるんだから)
電車が来る直前、角谷がコメの手をそっと握った。
「また、行こうね。こういうとこ」
「……はい」
まっすぐな視線を、受け止めることしかできなかった。
でも、角谷の手の温かさだけは、ずっと残っていた。
──コメは、まだ気づいていなかった。
その優しさが、かえって自分を追い詰めていくことに。



