朝、校門の前で吐いた白い息が、風に消えていった。
「……寒っ」
手袋を忘れたことに気づいたコメは、自販機に駆け寄る。
買ったのは、ホットのコーンスープ。
缶を握りしめたまま、空を見上げた。
ついこの前まで、汗だくで遠足だの体育祭だの言っていたのに、
季節はしっかり冬へと歩みを進めていた。
「おはよう」
背後から声がして振り返ると、角谷がマフラーを巻いて立っていた。
「おはようございます。……今日、寒いですね」
「うん、朝はとくに。これ」
そう言って、彼はポケットから小さな使い捨てカイロを差し出した。
「え、いいんですか?」
「自分の分はあるから。君、すぐ手かじかむでしょ」
「……観察力がすごいなぁ、角谷先生」
コメは笑ってカイロを受け取り、そのまま少しだけ顔を伏せた。
「……ありがとう」
ふと、角谷が何かを言いかけて、やめた。
でも、そのまま自然に隣を歩き出す。
気づけば、ふたりの歩幅はもう揃っていた。
***
職員室では、進路資料の山が各机に積み上がっていた。
三者面談の資料、模試の結果、志望理由書……。
進路担当の角谷は、穏やかな笑顔でひとりひとりの生徒に向き合い、
教師たちの中でも“相談しやすい先生”として、信頼されつつあった。
「この子、角谷先生に話してもらってから、進路の話ちゃんとできるようになりましたよ」
ある日、渡部がふと、何気なく言った。
「そうなんですか?」
「うん。安心するらしい。……“否定されない”って」
角谷はちょっとだけ驚いたように目を見開き、すぐに笑った。
「そんなつもりはないんだけどな。でも、ありがとう」
「進路相談、向いてるんじゃないかと思っただけ」
「……渡部先生が言うと、なんか、嬉しいですね」
不意に目が合った。
視線がふれる。それだけで、何かが揺れる。
けれど、その場にはコメはいなかった。
***
放課後。
白い息を吐きながら、コメは校舎の外階段を上っていた。
空の色は、もう夕方。
窓越しに見えた職員室では、渡部と角谷が話していた。
遠くて内容までは聞こえないけれど、何か穏やかに笑い合っていたように見えた。
コメは、足を止める。
——どちらも、大事で。
——でも、どちらも、手のひらからすり抜けそうで。
寒空の下、缶のコーンスープだけがまだ、かすかに温かかった。



