体育祭の夜。
いつもの居酒屋でざわめきが満ちていた。
ピザ、炭酸とアルコールが並ぶ長机。
教師たちは思い思いに笑っていた。
「角谷先生! 応援団めっちゃよかったです!」
「ファンの生徒、すごい増えてますよー! うちのクラスの女子たち、廊下で動画リピートしてました!」
「顔は冷静なのに、声で引っぱるあの感じ、ズルいわ〜!」
教師たちの茶化すような声に、角谷は照れたように笑ってグラスを掲げた。
「いやいや、生徒が頑張っただけです」
その一言に、さらに拍手と笑いが広がる。
そんな輪の中、コメは壁際に座ってビールを飲みながら、そっと目線を滑らせた。
渡部の姿はなかった。
「……あれ?渡部先生、いないですね?」
「数学の酔っ払いメンバーにさらわれたらしいよ〜。2次会で数字語ってるって」
「数字って(笑)どんな2次会……」
笑いながらも、コメの心に、ぽつんと穴が開く。
——さっきまで、あの人がいる空間に、わたしもいたのに。
そのことが、妙に遠くなってしまった気がして。
***
そのあと。
居酒屋を出た角谷とコメは、並んで歩いていた。
近所の定食屋がやっている夜カフェのネオンが、足元をほんのり照らす。
「疲れたね、でも、楽しかった」
「うん。生徒が一番いい顔してたかも」
そう言いながら、コメはふと夜空を見上げた。
星が、秋の匂いを連れている。
「……この間さ、校長先生の机の上に昔の卒アル置いてあってさ」
「え?」
「見ちゃった。偶然。君の世代だったよ」
コメは一瞬、歩く足を止めそうになった。
「母校だったんだね。言ってくれればよかったのに」
「べつに、隠してたわけじゃ……」
「うん、わかってる。でも、なんか不思議だった」
そう言って、角谷はちょっとだけ笑った。
「じゃあ、探したら渡部先生も載ってたりして」
「えっ……それは……」
「そっか。ちょっと見たいと思ったりしてね」
その一言に、コメの心が静かに波打つ。
「……私、高校のとき、先生と関わったってこと、いまだに整理できてないんだよね」
「そうか……」
角谷の声が、少しだけ沈んだ。
沈黙。
けれどその静けさの中で、コメのスマホがふるえた。
【渡部先生:今、脱出成功。カオリ先生に押し付けてきた。そっちは?】
クスッと笑ってしまった自分に気づいて、コメは慌ててスマホを伏せた。
「……?」
「ううん、なんでもない。ちょっと、バカなメッセージ」
「ふーん。バカなって言える人が、いるのはいいことだよ」
角谷の言葉は、優しかった。
でもその優しさに、また心が揺れる。
「……ありがとう、今日、話せてよかった」
その言葉が、まっすぐすぎて。
コメは返事をする代わりに、ただ小さくうなずいた。
***
夜風が吹く。
コメは自分のポケットの中のスマホを、そっと握りしめた。
——あの人と会ってなければ、
——わたしは、今の私に満足してたんだろうか。
ほんの一瞬の、問いだった。
でも、その問いは、まだ答えのないまま、夜の道に落ちていった。
いつもの居酒屋でざわめきが満ちていた。
ピザ、炭酸とアルコールが並ぶ長机。
教師たちは思い思いに笑っていた。
「角谷先生! 応援団めっちゃよかったです!」
「ファンの生徒、すごい増えてますよー! うちのクラスの女子たち、廊下で動画リピートしてました!」
「顔は冷静なのに、声で引っぱるあの感じ、ズルいわ〜!」
教師たちの茶化すような声に、角谷は照れたように笑ってグラスを掲げた。
「いやいや、生徒が頑張っただけです」
その一言に、さらに拍手と笑いが広がる。
そんな輪の中、コメは壁際に座ってビールを飲みながら、そっと目線を滑らせた。
渡部の姿はなかった。
「……あれ?渡部先生、いないですね?」
「数学の酔っ払いメンバーにさらわれたらしいよ〜。2次会で数字語ってるって」
「数字って(笑)どんな2次会……」
笑いながらも、コメの心に、ぽつんと穴が開く。
——さっきまで、あの人がいる空間に、わたしもいたのに。
そのことが、妙に遠くなってしまった気がして。
***
そのあと。
居酒屋を出た角谷とコメは、並んで歩いていた。
近所の定食屋がやっている夜カフェのネオンが、足元をほんのり照らす。
「疲れたね、でも、楽しかった」
「うん。生徒が一番いい顔してたかも」
そう言いながら、コメはふと夜空を見上げた。
星が、秋の匂いを連れている。
「……この間さ、校長先生の机の上に昔の卒アル置いてあってさ」
「え?」
「見ちゃった。偶然。君の世代だったよ」
コメは一瞬、歩く足を止めそうになった。
「母校だったんだね。言ってくれればよかったのに」
「べつに、隠してたわけじゃ……」
「うん、わかってる。でも、なんか不思議だった」
そう言って、角谷はちょっとだけ笑った。
「じゃあ、探したら渡部先生も載ってたりして」
「えっ……それは……」
「そっか。ちょっと見たいと思ったりしてね」
その一言に、コメの心が静かに波打つ。
「……私、高校のとき、先生と関わったってこと、いまだに整理できてないんだよね」
「そうか……」
角谷の声が、少しだけ沈んだ。
沈黙。
けれどその静けさの中で、コメのスマホがふるえた。
【渡部先生:今、脱出成功。カオリ先生に押し付けてきた。そっちは?】
クスッと笑ってしまった自分に気づいて、コメは慌ててスマホを伏せた。
「……?」
「ううん、なんでもない。ちょっと、バカなメッセージ」
「ふーん。バカなって言える人が、いるのはいいことだよ」
角谷の言葉は、優しかった。
でもその優しさに、また心が揺れる。
「……ありがとう、今日、話せてよかった」
その言葉が、まっすぐすぎて。
コメは返事をする代わりに、ただ小さくうなずいた。
***
夜風が吹く。
コメは自分のポケットの中のスマホを、そっと握りしめた。
——あの人と会ってなければ、
——わたしは、今の私に満足してたんだろうか。
ほんの一瞬の、問いだった。
でも、その問いは、まだ答えのないまま、夜の道に落ちていった。



