秋晴れの空に、白いラインの引かれたグラウンドがまぶしく光っていた。
今日は体育祭本番。
いつもより早く登校したコメは、校舎の窓からグラウンドを見下ろしていた。
生徒たちの笑い声、笛の音、係の先生たちの呼びかけ。
全体が一つの空気に包まれているような、そんな日だった。
「コメ先生、こっちー!開会式の準備!」
「はいはい、今行きます!」
ジャージのポケットにタイムスケジュールを押し込んで、グラウンドに向かう。
競技進行係としての担当は、今日は一日、タイムキーパーと本部周りの補助。
いつもより生徒との距離が近いぶん、笑顔を絶やさずにいるのが、けっこう大変だ。
***
午前の部、応援合戦。
三年生の応援団が整列し、太鼓の音とともに円陣を組む。
その中心には、白い鉢巻を締めた角谷がいた。
「行くぞーーー!」
「「「おーーーっっ!!!」」」
声が響いた瞬間、グラウンドが一瞬静止したように見えた。
大きな声でもなく、派手なパフォーマンスでもない。
ただ、そのまっすぐな気迫に、誰もが目を奪われた。
生徒たちの動きは完璧だった。笑顔も揃っていた。
最後、決めポーズで静止した瞬間、拍手が湧き起こる。
その中で、コメは不思議な感情を抱いていた。
——すごい、って思うのに。
心のどこかで、拍手が遠く聞こえるような感覚。
「……よかったな。あれは、勝つな」
いつのまにか、隣に渡部が立っていた。
「……ですね」
コメはうなずく。でも視線は前を向いたまま。
ほんの一瞬だけ、視線が交差した。
「角谷先生、誇らしいでしょ?」
「……そうですね」
口ではそう答えながらも、コメは、自分が今、何を思っているのか整理できなかった。
***
昼休憩。校舎裏の水道で手を洗っていると、生徒が声をかけてきた。
「コメ先生、午後のリレー、見に来てくださいね!」
「もちろん。応援するよー!」
笑顔で答えながら、手を振る。
そのとき──
「……コメ先生」
背後から呼ばれて振り向くと、角谷が汗を拭きながら立っていた。
「午前、見てくれてたよね?」
「うん、かっこよかったよ。生徒もすごくまとまってて」
「……よかった」
タオルを手にしたまま、彼は少しだけ間をおいた。
「今日、終わったら。ちょっと話せる?」
コメは、その言葉に小さくうなずいた。
「……うん」
***
午後の競技がはじまり、グラウンドの熱気が再び高まる。
渡部は本部テントの陰から、時折フィールドを見つめていた。
声を張る角谷、笑顔で駆け回るコメ。
そして、何も知らない生徒たちの歓声。
自分がいるべき場所と、手を伸ばしてはいけない距離。
その狭間で、渡部の指先が小さく握られた。
遠くで、アンカーがゴールテープを切った。
その瞬間、青空に拍手と笑い声が舞い上がった。
——この距離感が、苦しかった。



