冬の陽が落ちるのは早い。
校庭の向こうに夕焼けがにじみ始める頃、コメは保護者用の面談室を整えていた。
明日は三者面談ウィーク。
その直前準備として、担任+担当教科のペアで生徒の最終確認を行っている。
「……準備、できてます」
角谷がプリントを机に並べて立ち上がったタイミングで、ノックの音。
「失礼します」
入ってきたのは渡部だった。
黒のジャケットに、薄く開いたノートPCを小脇に抱えて。
どこかぎこちない。
いつもよりも少し距離がある。
でも、それはお互いが意識してつくっている距離だと、ふたりともわかっていた。
***
「三橋くんは……うん、やっぱり迷ってるな」
「本当は、教育学部を受けたい。けど、お父さんが猛反対。『そんな夢みたいなこと』って」
「コメ先生は三橋くんとは話したのかな?」
「話してくれたそうです。熱意を感じたそうですよ」
「でしょう?」
渡部が、ふと笑う。
「“教育学部が夢”って言えるの、今の子たちには珍しい。けど、珍しいからこそ、支えてやらなきゃって、思ってます」
「うん、彼の気持ちを汲んで、
親御さんと話をしましょう」
***
面談が終わり、書類をまとめていたとき。
「……コメ先生」
「はい?」
「この間、三橋くんと話してくれたんだね。ありがと。君のおかげで
親御さんも、三橋くんの意思を尊重すると言ってくれたよ」
「あ、いえ。たいしたことじゃ」
「いや……」
渡部は少しだけ、言葉を選ぶように黙った。
そして、ゆっくりと言った。
「“今”の君に、教わる生徒は、きっと幸せだと思う」
コメは、返事ができなかった。
心のどこかが、ゆっくりと溶けていくような気がした。
沈黙の中、時計の針の音だけが響いていた。
校庭の向こうに夕焼けがにじみ始める頃、コメは保護者用の面談室を整えていた。
明日は三者面談ウィーク。
その直前準備として、担任+担当教科のペアで生徒の最終確認を行っている。
「……準備、できてます」
角谷がプリントを机に並べて立ち上がったタイミングで、ノックの音。
「失礼します」
入ってきたのは渡部だった。
黒のジャケットに、薄く開いたノートPCを小脇に抱えて。
どこかぎこちない。
いつもよりも少し距離がある。
でも、それはお互いが意識してつくっている距離だと、ふたりともわかっていた。
***
「三橋くんは……うん、やっぱり迷ってるな」
「本当は、教育学部を受けたい。けど、お父さんが猛反対。『そんな夢みたいなこと』って」
「コメ先生は三橋くんとは話したのかな?」
「話してくれたそうです。熱意を感じたそうですよ」
「でしょう?」
渡部が、ふと笑う。
「“教育学部が夢”って言えるの、今の子たちには珍しい。けど、珍しいからこそ、支えてやらなきゃって、思ってます」
「うん、彼の気持ちを汲んで、
親御さんと話をしましょう」
***
面談が終わり、書類をまとめていたとき。
「……コメ先生」
「はい?」
「この間、三橋くんと話してくれたんだね。ありがと。君のおかげで
親御さんも、三橋くんの意思を尊重すると言ってくれたよ」
「あ、いえ。たいしたことじゃ」
「いや……」
渡部は少しだけ、言葉を選ぶように黙った。
そして、ゆっくりと言った。
「“今”の君に、教わる生徒は、きっと幸せだと思う」
コメは、返事ができなかった。
心のどこかが、ゆっくりと溶けていくような気がした。
沈黙の中、時計の針の音だけが響いていた。



