月曜の朝。
職員室はいつも通り、週明けのざわめきに包まれていた。
「週末、雨降らなかったね〜」
「課題出し忘れてる子、また名簿に書いといて〜」
何気ない声が飛び交う中、コメは自分の席でプリントの束をまとめていた。
今日は、補講。
生徒とのやりとりで頭がいっぱいになる、そんな一日になる──はずだった。
「コメ先生、朝からがんばってるね」
角谷の声だった。
いつもの、柔らかい笑顔。
なのに、ほんの少しだけ、その目の奥に迷いのような影が見える。
「あ、はい。補講、忘れてる子がいて。ちょっと追い込みです」
「……そっか」
コメが笑うと、角谷はなにか言いかけたような顔をして、けれど黙った。
言わなかった「何か」が、空気に残った気がした。
***
放課後。
渡部は数学準備室のファイルを整理していた。
ふと、机の引き出しを開けると、プリントの束の下から小さなメモが一枚、滑り落ちた。
【渡部先生 明日の時間割、変更あります!】
──コメの字だった。
走り書きで、丸っこい文字。
それだけなのに、胸が少し、痛んだ。
ふと、背後に気配を感じて振り向くと、コメが立っていた。
「先生、時間割、大丈夫ですか?」
「うん、見た。ありがとう」
その場に流れる空気は、決して軽くない。
でも、重すぎてもいけない気がして、どちらもふわりとした間合いを探っていた。
「今日の補講、楽しかったですよ」
「そう」
「渡部先生、昔もよく補講してましたよね」
「……してたな」
「そのとき、好きだった生徒、いました?」
不意に口をついて出たその言葉に、自分でも驚いた。
「いなかったら嘘になる」
コメは瞬きをした。
でも、笑った。思ったより、穏やかに。
「私、その子に嫉妬してたらおかしいですよね」
渡部は、何も答えなかった。
けれど、コメを見つめるその目は、どこまでも真っ直ぐだった。
「じゃあ、また明日」
コメは少しお辞儀して、静かにドアを閉めた。
***
夜。
角谷からのLINE。
【今度、花火大会あるんだって。行けそう?】
コメは「行けたら」とだけ返して、スマホを伏せた。
(“行きたい”じゃなくて、“行けたら”。)
その違いに、自分が一番気づいていた。
—
すれ違う足音だけが、すこしずつ響き合っていた。
職員室はいつも通り、週明けのざわめきに包まれていた。
「週末、雨降らなかったね〜」
「課題出し忘れてる子、また名簿に書いといて〜」
何気ない声が飛び交う中、コメは自分の席でプリントの束をまとめていた。
今日は、補講。
生徒とのやりとりで頭がいっぱいになる、そんな一日になる──はずだった。
「コメ先生、朝からがんばってるね」
角谷の声だった。
いつもの、柔らかい笑顔。
なのに、ほんの少しだけ、その目の奥に迷いのような影が見える。
「あ、はい。補講、忘れてる子がいて。ちょっと追い込みです」
「……そっか」
コメが笑うと、角谷はなにか言いかけたような顔をして、けれど黙った。
言わなかった「何か」が、空気に残った気がした。
***
放課後。
渡部は数学準備室のファイルを整理していた。
ふと、机の引き出しを開けると、プリントの束の下から小さなメモが一枚、滑り落ちた。
【渡部先生 明日の時間割、変更あります!】
──コメの字だった。
走り書きで、丸っこい文字。
それだけなのに、胸が少し、痛んだ。
ふと、背後に気配を感じて振り向くと、コメが立っていた。
「先生、時間割、大丈夫ですか?」
「うん、見た。ありがとう」
その場に流れる空気は、決して軽くない。
でも、重すぎてもいけない気がして、どちらもふわりとした間合いを探っていた。
「今日の補講、楽しかったですよ」
「そう」
「渡部先生、昔もよく補講してましたよね」
「……してたな」
「そのとき、好きだった生徒、いました?」
不意に口をついて出たその言葉に、自分でも驚いた。
「いなかったら嘘になる」
コメは瞬きをした。
でも、笑った。思ったより、穏やかに。
「私、その子に嫉妬してたらおかしいですよね」
渡部は、何も答えなかった。
けれど、コメを見つめるその目は、どこまでも真っ直ぐだった。
「じゃあ、また明日」
コメは少しお辞儀して、静かにドアを閉めた。
***
夜。
角谷からのLINE。
【今度、花火大会あるんだって。行けそう?】
コメは「行けたら」とだけ返して、スマホを伏せた。
(“行きたい”じゃなくて、“行けたら”。)
その違いに、自分が一番気づいていた。
—
すれ違う足音だけが、すこしずつ響き合っていた。



