「コメ先生、バスの点呼あと3分でお願いしまーす!」
「了解! 今、2組終わったから、3組いきます!」
秋の校外学習。行き先は県内の大きな植物園。
空は気持ちよく晴れていて、風も涼しくてちょうどいい。
コメはオレンジ色のウィンドブレーカーを羽織って、生徒たちの列を回っていた。
「センセー!先生もおやつ交換しよーよ!」
「持ってきてないよ!てか、遠足でおやつ配る先生、聞いたことある!?」
生徒の笑い声に交じって、ふと背後に感じた視線。
「……オレンジ、似合ってるな」
声の主は、渡部だった。
黒のパーカーに身を包んだ彼は、遠足だというのにいつも通りの無表情で立っていた。
「ありがとうございます。でも、先生も植物園に全然馴染んでない感じですね」
「植物より数字のほうが落ち着くからな」
「え、もはや遠足来る意味なくないですか?」
他愛のない会話。
でも、こうして普通に話す時間は、あまり多くなかった。
だからこそ、ささやかなやりとりが、胸の奥に熱を灯す。
「……生徒たち、楽しそうですね」
「そうだな。お前が楽しそうだからじゃないか?」
「……え?」
不意に言われたその一言に、言葉が詰まる。
「教師ってのはな、生徒よりちょっとだけ大人でいればいい。お前はそれができてる」
褒めてるのか、それともただの持論なのか。
わからないけど、優しい声だった。
「……ありがとうございます。先生がそう言うと、ちゃんと“教師”に見える気がします」
「いつもは何に見えてるんだよ」
「んー、“数学の亡霊”とか?」
「おい」
コメは吹き出して笑った。
その横顔を、渡部はふと見つめる。
言葉にしない気持ちは、風に紛れてどこかへ流れていく。
だけどその風が、ほんのすこしだけ、二人の距離を縮めた気がした。
「じゃ、次のチェックポイント、俺と行くか?」
「……いいんですか?」
「たまにはな。こういう日もある」
「じゃあ、一緒に迷いましょう、植物園」
渡部は苦笑し、コメはその横で小さく笑った。
誰にも気づかれないまま、秋の午後は静かに進んでいった。



