「やっぱり、コメ先生って生姜焼き定食派だと思った」
「え、なにその偏見」
「偏見じゃなくて直感。あと、俺の予想だと、みそ汁は最初に飲むタイプでしょ」
「ちょっと、それ当たってるのが悔しいんですけど」
職員室近くの定食屋。
夕方、二人だけの遅い食事は、いつの間にか習慣になっていた。
角谷の笑い方はいつもと変わらなくて、でも、どこか最近の彼は、こちらの目をじっと見すぎるようになった気がする。
「……今日さ、昼休みに、廊下から準備室がちょっと見えたんだ」
ふいに、角谷が言った。
「そっか」
コメは箸を置いた。さっきまでのあたたかい笑いが、すっと冷えていく。
「君が、白衣脱がないまま、ひとりでビーカー磨いてて」
「ああ……あれね。ちょっと実験の準備で……」
言い訳めいた自分の声が、少しだけ嫌だった。
「……大丈夫?」
「え?」
「最近、君、遠くを見てる気がするんだよね。俺の隣にいても」
一瞬、時間が止まったような気がした。
「……ごめん、そんなつもりは」
「うん、わかってる。君はそういう人だって、ちゃんとわかってる」
角谷は穏やかに微笑む。
でも、そのやさしさが、少しだけ痛かった。
「コメ先生さ、なんか“無理してないか”って時あるでしょ。俺、そういうの、なるべく気づけるようにしてたつもりなんだ」
「……」
「だからって、なにかを変えたいとかじゃないよ。ただ……本当に苦しい時は、俺にもちゃんと見せてほしいなって」
彼の言葉はまっすぐだった。
でもそれは、まっすぐ「すぎ」なかった。
自分の“ぐらぐら”を、否定しない優しさだった。
「ありがとう。角谷先生は、ほんとうにやさしいよね」
「うん。そう思ってくれてるなら、たぶん俺、まだ戦えてる」
少しだけ笑い合って、定食屋を出た。
外はすっかり暗くて、風がポニーテールを揺らす。
——あたし、どうしたいんだろう。
隣にいる人の手を、つなぐわけでもなく、離すわけでもない。
そんな距離で、今はまだ歩いていた。



