「てかさ〜!あの頃のコメ、マジでギリギリだったよね?」
放課後のファミレス、ドリンクバーのグラスを片手に、しげが笑いながら言った。
「え、なにがギリギリ?」
コメはフライドポテトをつまみながら、少し眉をひそめる。
「決まってんじゃん。渡部先生!あのときの空気、やばかったもん」
「あー、わかる!」
隣の席でカオリが頷いた。「なんかもう、矢印?飛んでたっていうかさ。こっちまでザワザワしたもん」
「ちょ、やめて。もう大昔の話でしょ、恥ずかしい……」
コメは照れたように笑う。でも、あの頃の教室の空気、休み時間の静寂、夕暮れの理科室──すべてが急に鮮明によみがえる。
「でもさあ、あたしはちょっと羨ましかったな〜」
カオリがストローをくるくる回しながら言った。「そういう、“特別”な感情抱ける相手って、そうそういないよ。私にとって渡部先生も、一応特別だったんだよ?」
しげはそれを聞いて、少しだけ真剣な顔になる。
「うちら、普通に楽しかったけどさ。コメだけ、あの時間の中に別の世界いた感じだった」
「え……?」
「うまく言えないけど、“こじれてた”っていうより、“まっすぐすぎて擦りむいた”って感じ。こっちはちょっと引いたもん」
「ええー、そんなだった?」
コメはおどけて言うが、心のどこかに、小さな棘のような感覚が残る。
──あの頃の私は、まっすぐだったんだろうか。
それともただ、自分の想いに必死で、周りが見えてなかっただけ?
「でも、戻ってきたんだよね?」
カオリがぽつりと。
「渡部先生が」
「あんなの、運命じゃん」
しげが笑って手を叩く。
「え、今どうなの?なんもないの?!」
「なにその詰め寄り方」
コメは笑う。でも、胸の奥がきゅっとなる。
角谷先生のこと、渡部のこと、自分のこと。
ちゃんと、整理しなきゃいけない。
もう大人なんだから。
「……なにも、ないよ。今は、ね」
言ったその言葉が、自分の中にも染み込んでいく。
「そっか〜〜〜〜〜」
しげがわざとらしく間延びした声を出して、笑った。
「ま、コメはちゃんと幸せになってください。あたしたち、ずっと応援してっから」
「うん、マジで。変なとこで遠慮すんなよ」
──懐かしい二人の言葉に、胸がふっと軽くなる。
店を出る頃、空は群青色に染まり始めていた。
「じゃーね!また近々飲も!」
「うん、またね」
二人と別れて歩き出した夜道。
ひとりになった途端、胸の奥がざわついた。
ふと、携帯を取り出す。
迷って、画面を見つめて──
でも、誰にも連絡はしなかった。
ただ、自分の中の“まっすぐ”を、もう一度だけ信じてみたかった。



