先生×秘密 〜season2


放課後の図書室は、ひんやりと静かだった。

窓から差す光が、本棚の影を長く引いている。その一角、閲覧スペースにコメと渡部は並んで座っていた。

「……え、てことは、ここの答え5じゃないですか?」

「お、気づいた。いいね。問題の意図に気づけるのは成長してる証拠」

「うわー、言い方うまい。伸ばされてる感じする」

「言葉って武器だからね」

渡部は、ふっと笑ってペンを置いた。

静かに時間が流れていく。質問が終わっても、コメは席を立たなかった。

「……先生って、いつも静かですよね」

「うるさいよりはいいでしょ」

「でも、なんか……たまに、声に救われることあるなって」

そう言ったあと、自分でも照れくさくなって、机の上のペンに視線を落とす。

「……そっちはどうなんだ」

「え?」

「角谷先生と、最近」

一瞬、空気が動いた気がした。

「別に変わりないですよ?」

あっさりとした口調。でも、その奥にあるものは、渡部にも届いていた。

「……そうか」

「……先生は、どうして誰とも近づかないんですか?」

問いかけると、彼はほんの少しだけ視線を動かした。

「……自分を見失うから」

「見失ってもいいじゃないですか」

「いや、教師だから。……って言い訳かな」

少し笑ったあと、渡部はまっすぐにコメのほうを見た。

「それに……お前が近づいてくるだけで、十分ぐらぐらするから」

その言葉に、心の奥がかすかに揺れた。

けれど、同時に胸がちくりと痛んだ。

——今、自分がいるこの距離は、誰かの優しさを裏切っているかもしれない。

ふと、廊下のほうから生徒たちの笑い声が聞こえた。

日常が戻ってくる。なのに、心はその場に留まったままだ。

「……私、そろそろ戻ります」

「うん。プリント、ありがとな」

「こちらこそ、ありがとうございました。数学、すごく、分かりやすかったです」

立ち上がるとき、ほんの一瞬、手が触れた。

触れたのは、ほんの一瞬だったのに——その感覚は、胸の奥で長く続いた。