先生×秘密 〜season2


「ちょっとだけ、話せるか?」

そう言われた翌日。

放課後のチャイムが鳴ったあと、コメは準備室ではなく、屋上へと向かっていた。

夕陽がゆっくりと傾きかけた頃、屋上の扉を開けると、渡部が柵のそばで背中を向けて立っていた。

「……こんばんは」

「もう、そんな時間か」

振り返った彼は、昨日と同じ白シャツに黒のスラックス。でも、少しだけいつもより柔らかい表情をしていた。

「呼び出しておいて悪いけど、そんな大した話じゃない」

「じゃあ、帰ります」

「ちょっと待て。それはそれでさみしい」

ふ、とコメが笑った。

風が少し強くて、髪が頬にかかる。
それを押さえながら、ふたりはしばらく無言で並んで立った。

やがて、渡部が小さな紙袋を差し出した。

「……プリントと一緒に、あずかってた」

中には、見覚えのある生徒のノートと、ちいさな飴の包み。

「“コメ先生に渡して”って」

「……ありがとうございます」

コメは紙袋を受け取りながら、ちらりと横顔を見た。

「……本当に、それだけ?」

「それと──これ」

彼はもうひとつ、小さなメモ用紙を差し出した。

コメが受け取ると、そこには見慣れた数式の途中に、ボールペンで走り書きがされていた。

「lim(x→∞)f(x) =?」

その下に──

「俺の気持ちは、まだ収束してない」

コメは、それを見た瞬間、笑って、少しだけ涙が出た。

「なにこれ、数学で告白する人、初めて見ました」

「ちゃんと授業、活かしてるんだぞ」

「どこがですか」

ふたりの笑い声が、屋上にだけ、小さく響いた。

「……文化祭、なんだかんだ、あっという間でしたね」

ふいに、コメが呟く。
いつものテンションではなく、どこか少しだけ名残惜しそうな声だった。

「君のクラスの展示、評判よかったな。」

「ありがとうございます。でも……あれは生徒たちがすごかったんです」

「うまいな、そういう返し」

「本当ですって」


ふたりは、顔を見合わせて、また笑った。

——1年だけの時間。
でも、その“たった1年”に、本気で心が動くことがある。
今、そういう季節に、ふたりはいる。

「……帰るか」

「はい」

帰り道。
屋上の扉を閉める直前、渡部がぽつりと呟いた。

「また、明日も会える?」

コメは少しだけ立ち止まり、笑って言った。

「先生、学校ですよ。毎日、会います」

(でも、“会いたい”って気持ちは、ちゃんと伝わった)

心の奥で、そう思った。