ごめんなさい、お姉様の旦那様と結婚します


「可愛い〜」

 にゃ〜ご。

 丸くて大きな頭に小さな耳。大きな目とベちゃんとつぶれた短い鼻、長くふさふさの灰色の毛並みと、どっしりとした身体に銅色の瞳が輝いている。暫く見ない間にまた随分と大きくなったと呆れた。

「ダイアナという名だ」
「初めまして、ダイアナ。仲良くしてね」

 にゃぁ〜ご。

 先日、縁を切った両親の元にいた使用人が屋敷を訪ねて来た。話によれば両親は遠方の保養地へと引っ越したという。縁切りの際に「私の妻を蔑む人間とは今後一切関わらない」と告げたが、父には「青二才が」と鼻で笑われ、母にはため息を吐かれた。多少腹は立ったが、もう関わらない故忘れる事にした。話は戻るが、その両親が引っ越した際に、生家で飼われていたダイアナは置いて行かれたらしい。理由は不明だが、元々弟が飼い出した猫故、単純に不要なのだろう。使用人には処分しておく様にと言ったそうだが、不憫に思いマンフレットの元へと連れて来たそうだ。正直、ダイアナの所為で猫嫌いになったマンフレットは気乗りしなかった。だがエメの影響で最近は猫も悪くないと思う様にもなっており、引き取り手がないのも現状なので仕方なく受け入れた。

「余り人に擦り寄る奴ではないが、君には随分と懐いているみたいだな」

 ダイアナと対面して数秒でエーファと打ち解けた。以前マンフレットの愛馬であるアレースに会わせた事があったが、確かあの時も秒で懐いていた事を思い出す。不思議だ。

「ダイアナはニンジンは好き?」
「ニンジン……」

 流石エーファだ。猫相手にいきなりニンジンを与えようとするなど中々いないだろうと呆れる。

 にゃ〜ごぉ。

 そして、嬉々として与えられた生ニンジンを食べているダイアナに、マンフレットは顔が引き攣った。

 それにしても久々に聞いたが、相変わらず独特な鳴き声だ。エーファには甘えているらしく普段より高く猫らしい声で鳴いておりまだ許容範囲だが、本来はドスの効いた声で「に"ゃ〜ご」と鳴き、可愛気など皆無でありとても猫が鳴いている様に思えない。

 にゃあ。

 そんな事を考えているとエメがやって来た。目を丸くしてダイアナを不思議そうに見ている。

「エメ、ダイアナよ。仲良くしてあげてね」

 にゃあ!

 

 ダイアナが屋敷に来てから数日は、エメはダイアナと仲良くなろうと近付いたりしていたが、最近はまるで近付かなくなっていた。しかもダイアナがエーファに何時もくっ付いている為、エメはエーファにも近寄れず遠くから眺めている所をよく見かける。

「どうした、覇気がないな」

 にゃぉ……。

 廊下を歩いていると、耳を垂らし項垂れながらエーファとダイアナを遠くから眺めるエメに出会した。

「ダイアナとは上手くいっていないのか」

 にゃ……。

「彼奴は昔から性悪だからな。私も散々な目に遭わされた……」

 弟が飼出した時はまだ子猫だったが、始めから可愛くなかった。弟には懐いていたが、マンフレットの事は明らかに見下した態度で、引っ掛れるは噛まれるはで最悪だった。子猫の内はまだ非力故マシではあったが、猫など一年もすればあっという間に大人と大差なくなる。人がベッドで寝ていると、あの重量で豪快に飛び乗られ胃の中身が飛び出るかと思った。読書をしようとすれば、本の上に乗られ嫌がらせをされ強引に取ろうとすれば遠慮なしに噛み付かれた。他にも廊下を歩いていただけで背後から頭に飛び乗られ、引き剥がそうとすれば鼻を噛まれた。兎に角思い返せばキリがない。

「マンフレット様、どうされたんですか?」
「あぁ、いや……」

 此方に気付いたエーファが歩み寄って来た。無論ダイアナも一緒だ。
 マンフレットはまさか君達を見ていたなどと恥ずかしい事は言えず、口籠る。

「あら、エメ、探したのよ。マンフレット様と一緒だったのね」

 にゃあ!

 エーファから声を掛けられ嬉しそうに鳴くが、すかさずダイアナがエーファに擦り寄り抱き上げる様に要求をする。

「ふふ、ダイアナは甘えん坊ね」

 にゃあ〜ご。

 抱き上げられたダイアナは此方を見てニヤリと笑い、勝ち誇った様に鳴いた。エーファを独占するダイアナに、大人気ないがマンフレットも苛立った。口には出さないが、今直ぐに屋敷から放り出してやろうかと本気で思った。

 にゃぉ。
 にゃ〜ご。

「エメ、どうしたの?」

 にゃ……。 
 にゃぁ〜ご。

「エメ?」

 にゃッ!

 様子のおかしいエメを心配したエーファが蹲み込み顔を覗こうとした瞬間、エメは叫ぶ様に鳴くとその場から走り去って行った。


◆◆◆


「エメは、一体どうしたんでしょうか……」

 最近エメの様子が変だ。以前は甘えん坊でエーファの側を離れなかった。たまに一人遊んでいる時もあるが、暫くすれば戻って来る。なのに今は近付こうともしてくれない。もしかして、嫌われてしまったのではないかと悲しくなってしまう。

「エーファ、少しいいか」
 


 ダイアナをニーナに預け、エーファはエメを探していた。
 先程マンフレットから「エメは、君をダイアナに取られたと思っているみたいだな」そう言われた。所謂妬きもちを妬いているらしい。
 確かに思い返せば心当たりはある。屋敷に来たばかりのダイアナに早く慣れて貰いたくて、何かとエメを後回しにしてしまった。

「そういえば……最近、エメの事抱っこしてないかも」

 エメが抱っこを強請ると必ずダイアナが抱っこを強請ってくるのでエメに「後でね」と言うが、一度抱き上げるとダイアナが絶対に離れたがらないのでそのままになってしまう。膝の上も然りで、ご飯の時も寝る時もダイアナが優先になってしまっていた。

 エーファは使用人達にも声を掛けエメが居そうな場所を探し回ったが、屋敷の中には居なかった。何処かに隠れているのかも知れない。そんな風に思いながらも足は勝手に中庭へと向いていた。
 
「雨……?」

 顔に冷たい雫が触れ、エーファは空を見上げた。朝は晴れていたが、いつの間にか空は暗雲が立ち込めていた。まだ遠いが雷鳴も聞こえてくる。

「エメ! エメー‼︎」

 急いで中庭を隅から隅まで駆けずり回りエメの姿を探すが、何処にも姿は見当たらない。そうこうしている内に雨が本降りとなり、直ぐにエーファはずぶ濡れになってしまった。だがそんな事よりもエメが心配だ。雷が苦手なエメはきっと今頃怯えているに違いない。

(早く見つけてあげないと……)

 これだけ探しても居ないのだから、やはり屋敷の中なのかも知れない。そう思うが、もしも中庭の何処かにいたら……そう思うとその場から動けずにいた。

「エメ‼︎ エメー‼︎」

 にゃ……。

「エメ⁉︎ 何処にいるの⁉︎」

 汚れるのも気にせずに、エーファは蹲み込み枯葉を掻き分けた。だが姿はない。そんな時だった。

 にゃぉ……。

 ふと見上げると木の上にエメが居た。
 耳を垂らし身体を震わせ小さくなりながら必死に木の枝にしがみ付いている。

「エメ⁉︎ 大丈夫だからね、今助けてあげるから……」

 両親から放置されある意味自由に育ったが、流石に木登りの経験はない。だがやるしかない!
 エーファは水を吸収して重くなっているドレスの裾を持ち上げると端と端を縛り上げた。そして気合いを入れて木にしがみ付く。雨水で手足が滑るが、どうにかしてゆっくりと登っていった。
  まさか私に木登りの才能があったなんて……と感動しつつ登り切った。

「エメ、遅くなってごめんね。怖かったでしょう……」

 にゃぁっ‼︎

 はしたないが木の枝に跨り手を伸ばすと、エメが抱き付いてきた。未だ身体を震わせている。余程心細かったのだろう。
 胸を撫で下ろしたのも束の間、乗っていた木の枝が急に揺れたかと思った時には身体は落下していた。
 
「きゃッ‼︎」

 にゃ‼︎

◆◆◆

「全く君は一体何をしているんだ」

 エーファにエメの事を話した後、マンフレットは仕事があるので執務室へと戻った。暫くは仕事をこなしていたが、ふと窓の外を見ると雲行きが怪しい事に気が付いた。何となくあの時の事を思い出し嫌な予感がした。


『奥様でしたら、エメを探しに行かれました』
 
 彼女の部屋を訪れるがそこに居たのは、太々しくソファーを陣取り寝ているダイアナと侍女だけだった。ダイアナはマンフレットの気配に気付き片目だけを開け此方を確認すると「に"ゃ〜ご」とドスのきいた声で鳴く。そして何故か腹を出す。まさか撫でろと言っている訳ではあるまいな……と苛立つが、今はそれどころではないと無視をして部屋を出た。

 屋敷内を探し回っていたマンフレットは、立ち止まり窓の外に目をやった。やはり雨は降り始め土砂降りになっていた。中庭に視線を移すと、彼女がいた。傘もささずにその場に留まっており、更にはうろうろと中庭を徘徊し始めた。しゃがんでみたり、木の周りを回ってみたりーーマンフレットは全力疾走で中庭へと向かった。

「私が間に合わなかったら、大変な事になっていたんだぞ!」

 中庭へ出ると先程まで居た彼女の姿がなかった。焦って周囲を見渡すと、自分の目を疑った。何故ならーー。

「申し訳、ありません……」

 にゃ……。

 エーファは木の上に居た。それだけでも驚愕だが、彼女の乗っている枝が揺れ始め……折れた。マンフレットは木の下へと文字通り滑り込み、何とかエーファを受け止める事が出来た。ただお陰で頭から爪先まで全身泥まみれとなってしまった……。その後、同じく全身びしょ濡れで泥まみれのエーファとエメを抱き抱えマンフレットは浴室へと向かった。無論一緒に入る訳にはいかないので、マンフレットは別の場所で湯浴みを済ませた。
 
「……それで、和解は出来たのか」

 落ち込むエーファに、それ以上何も言う事が出来ずマンフレットはため息を吐く。これが惚れた弱みという事なのだと身に染みた。

「エメ。寂しい思いをさせて、ごめんね。赦してくれる?」

 にゃぉ、にゃあ!

 エメはエメラルド色の瞳を潤ませながら、エーファに抱き付くとエーファの顔を舐め、唇を舐めた。

「なっ……」

(エーファの唇を舐めて良いのは私だけだ‼︎)

 怒りに震えるが、水を差す訳にもいかずグッと堪えた。


「え、レクス様がですか」
「あぁ、ダイアナを引き取るというので、任せる事にした」

 後日、レクスを屋敷に呼びつけたマンフレットは、レクスにダイアナを飼う様に脅迫……お願いをした。すると渋々……快諾をしてくれた。


 ダイアナが屋敷を去り、平穏な日々が戻って来たある日の昼下がりーー。
 マンフレットは仕事がひと段落ついたので一休みするべくエーファの部屋を訪ねたが……。

 にゃあ〜。

「ふふ」
 
 エーファの膝の上で気持ち良さげに丸くなるエメを見たマンフレットは、項垂れて踵を返した。

(私の膝枕……はぁ……)




おしまい