「どうかしましたか?」
「すみません。何度か旦那様と呼んだのですが、私の声が届かなかったので…」
まだ羽織を掴んでいたことに気づき、慌てて離しながらそう伝えると、眉がピクっと上がった。
「あぁ。…すまない。呼ばれ慣れていないもので、気づかなかった」
「私の方こそ、すみません。こんな場で、羽織を掴むなんて。失礼しました」
そうか。躊躇いなく旦那様と言ったけど、呼び方を決めていなかったな。
「疲れてはいないか」
「はい。白無垢は重たいですが、大丈夫です」
「そうか。先ほども飲んだことのないお酒を飲もうとしていたから、無理をしていないか心配になる。無理だけはしないでくれ」
「やはり、お酒のこと分かっておられたのですね。…ありがとうございます」
旦那様のお気遣いは、細やかで私より繊細。
お酒が飲めなくて戸惑っていた時も、羽織を引っ張った時も。
結婚の手前で話を破談させる女性たちばかりだけど、私は破談させなかった。
身だしなみは整っていなかったし、体にある傷も気になって仕方ない。
でも、今私の隣に居る旦那様は、一度しか会ったことのない私にも気遣ってくださって、長男でも快く婿に入ってくださった。
愛想もない人だけど、受け付けないわけではないし、この時代に結婚の相手など、私が選ぶ権限は当たり前にない。



