最強パティシエは、幼なじみに恋をする



「この前の文化祭のときも、あっという間にメレンゲを泡立てたりしてたし。もしかしたら、しずくは他の人とは少し違う、特別な力を持っているのかな? って。わたし、前からそうじゃないかって、うすうす感じてたんだよね」


そういえば。今まで私が学校でうっかり力を出しそうになったとき、七海がさりげなく私を庇ってくれたことが何度かあった。


そうか。七海は、もうとっくに私の力に気づいていたんだ。


「だけど、しずくはきっと、その力を隠したいんだろうなって思って」


七海の瞳が、少しだけ潤んだように見えた。


私の秘密を知っていた上での、彼女の優しい気遣いが胸に迫る。


「だから、普段は黙っていたの。それなのに今、わたしを助けるためにその力を使ってくれて、本当にありがとう」


七海は、私の手をぎゅっと握りしめた。その温かい温もりに、心が解き放たれるのを感じる。


「わたし、しずくのそういう優しいところ、大好きだよ」


七海の笑顔を見て、私は胸が熱くなるのを感じた。


まさか、七海がそこまで私の気持ちを汲み取って、こんなにもストレートに感謝してくれるなんて。


自分の力が、誰かの役に立てる喜びを、こんなに大きく感じたのは初めてだった。


「ありがとう。私も、七海のことが大好き!」


私は、心からそう言えた。


七海に感謝され、少しだけ、私自身の心に自信の光を灯してくれたような気がした。



その日の帰り道。図書室を出て、七海と別れた私は、一人で家までの道を急いでいた。


夕焼け空が茜色に染まり、家々の窓に灯りがともり始めている。


空には、薄いピンクとオレンジのグラデーションが広がり、あと少しで今日一日が終わることを告げていた。


すると、道の向こうから、見慣れた人が歩いてくるのが見えた。


あ……湊斗!


私の心臓が、ドキンと大きく高鳴った。まさかこんなところで会えるなんて思わなくて、足がぴたりと止まる。


「しずく?」


私に気づいた湊斗が、少し驚いた様子で声をかけてきた。


いつも感情をあまり表に出さない表情の中に、ほんのわずかだけど、柔らかな色が浮かんでいるように見える。


「今、帰り?」


その優しい声が、夕焼けの空に溶けていく。


「うん。湊斗も?」


私が尋ねると、彼はいつもの調子で「ああ」と短く答えた。そして、何も言わずに私の隣に並び、一緒に歩き始めた。


隣にいる湊斗の、かすかなシャンプーの香りが鼻をくすぐる。


他愛のない話をしながら歩いていると、湊斗がふと、道の端に落ちている空き缶に気づいた。


彼は、かがんでそれを拾い上げようと手を伸ばす。そのとき、私の視線が彼の手に吸い寄せられた。


「あ、湊斗。それ、私が捨てとくよ!」


私が反射的にそう言うと、湊斗は顔を上げて私を見た。


わずかに眉を上げた彼の表情に、少しだけ戸惑いの色が浮かぶ。


そして、何かを言うより早く、彼の指先が、私の髪に絡まった小さな枯れ葉を、ポンと優しく叩くようにして払ってくれた。


不意打ちの優しさに、私の心臓は止まるかと思うほどドキリとし、顔がカッと熱くなるのを感じた。


え? 湊斗、いま私の髪に触れたの……?


彼の指が、ほんの一瞬、私の髪に触れただけなのに。


その熱が頬の奥までじんわりと広がって、全身がふわふわするような感覚に包まれた。


「あ、ありがとう、湊斗……!」


何とか口から出た言葉は、思ったよりもしどろもどろだった。


顔が熱くて、湊斗の顔をまともに見ることができない。


湊斗は何事もなかったかのように、拾った空き缶を近くのゴミ箱に捨てた。


「……いいよ。気にすんな」


そう短く言って、当たり前のように私の隣を歩き続ける。


彼の口元が、ほんの少しだけ緩んだように見えたのは、私の気のせいだろうか。


湊斗のさりげない優しさに、私は胸がいっぱいになった。


私の心は、彼の隣で、まるで春の日の光を浴びたように、じんわりと温かくなっていく。


夕焼けの茜色が二人を包み込み、その長い影は、これからもずっと隣り合わせであることを示すかのように伸びていた。