○大学・キャンパス内

ぶつかった反動で後ろに倒れそうになった光瑠は、肩をぐっと引き寄せられ、アイドル顔負けの美男子と至近距離で見つめ合う。

柊斗「大丈夫?」 ※王子のように優しく微笑みかける。

光瑠(……アイドル顔負けの、ご尊顔……) ※光瑠は目を奪われるが、ドキドキしたり赤面したりするわけではなく、あくまで美術品を見ているように。

光瑠「あ、すみません。ありがとうございます」 ※冷静に。

ぶつかったせいで男が地面に落としたマネキンや、洋服の生地がたくさん入った紙袋を拾う光瑠。

光瑠が自分に全くドキドキしていないことが新鮮な一方で、ちょっと面白くなく、ムッとする柊斗。

柊斗「前方不注意による追突。反則金6000円ね」

そう言って手のひらを出してくる。

光瑠「……え?」

柊斗「ほら、早く〜!」

すると遠くから「柊斗さーん」「こっち向いてー」とキャーキャー言う女子の声が聞こえる。

光瑠(この黄色い声、どこかで……まさかこの間の人!?)

柊斗がニコニコしながら女子に手を振ると、さらに歓声が沸く。

光瑠(これ以上めんどくさいことになる前に……)

光瑠は拾った物を男に押し付けるように渡しながら、

光瑠「あの、いま現金が5千円しかないので、ポイポイでもいいですか?」

光瑠が真面目に聞くと、柊斗は笑い出す。

柊斗「反則金なんて冗談に決まってんじゃん! 俺が本気でそんなことするように見える?」 

光瑠(いや、悪いけど見える。美しい顔して実は裏で一番恐ろしいことしてる組織の黒幕っぽい……)

光瑠が黙っていると、

柊斗「ここは速攻否定するとこだから。組織の黒幕とかじゃないから安心しな」

光瑠は考えていたことを当てられビクっとする。

柊斗「もしかして図星? うーわ傷ついたー」

光瑠「……すみません」

柊斗「ところでさ、この後暇?」 ※ケロッと。

光瑠「50分から授業なので……」 ※遠回しに断る。

柊斗「じゃあまだ時間あるな! これ運ぶの手伝ってくんない?」 ※光瑠のことはお構いなし。


○大学・デザイン学科の講義棟

断れなかった光瑠は柊斗と荷物を持ちながら棟内の廊下を移動。
柊斗はすれ違う女子たちみんなに愛想を振り撒いて、黄色い声を浴びている。

光瑠(みんな顔に騙されてるって) ※呆れる。

光瑠が横目で柊斗の様子を見ていると、視線に気づいた柊斗と目が合ってしまう。
光瑠にも王子スマイルを向けてくるが、光瑠には全く効かない。

光瑠(女なら誰でもお構いなしか) ※とてもドライ。

柊斗「あ、今すげぇ失礼なこと考えてただろ」

光瑠(さっきからやけに勘だけは鋭い……)

光瑠「……濡れ衣です」 ※気まずそうに。

柊斗「そういえばまだ自己紹介してなかったな。俺はデザイン専攻4年の天音柊斗。まぁもちろん知ってるだろうけど」

光瑠「すみません、今初めて知りました。経済学専攻1年の七瀬です。よろしくお願いします」

柊斗「七瀬さんね。よろしく!」

光瑠(ついつられて名乗っちゃったけど……まぁもう会うこともないだろうしいっか)

自己紹介をしていると、目的地に到着する。
【作業室①】という部屋。

柊斗「ここが俺たちの作業場」

柊斗が扉を開けると、中には服を着たマネキンが数体。
その中に光瑠が気に入った例のトレンチコートを着たマネキンがいる。
光瑠は目の色を変えてマネキンに近づく。

光瑠「も、もしかしてこれ、先輩が作ったんですか!?」 ※前のめりで。

柊斗「そ。去年の学年末の試験課題」「ていうか、高校じゃないんだから『先輩』はいいよ。『柊斗さん』で!……って、聞いてないし」

光瑠はコートに夢中でそれどころではない。

光瑠「ヴィンテージボタンだ! 色も形もバラバラだけど、コートの全体がベージュとブラックのバイカラーで大人っぽいから、逆に映えてる……!」 ※ひとりごと。

光瑠は決して服には触れず、目を輝かせてあらゆる角度からコートを見る。
そんな光瑠を見て柊斗は自然と笑顔になる。

柊斗「それ、そんなに気に入った?」

光瑠「はいっ!」 ※満面の笑み。

柊斗の方を振り返った時に、壁掛けの時計が目に入る。
まもなく50分になろうとしてる。

光瑠(あ、授業! その前に着替えなきゃ!!) 

光瑠「すみません、お邪魔しました!」 

光瑠は大慌てで部屋を飛び出る。
残された柊斗は、トレンチコートを気に入ってくれた光瑠の笑顔を思い出して口角を上げる。


○大学・キャンパス内(夕方)

胸にサラシを巻き、いつものストリートファッションに着替えた光瑠が大きなリュックを背負って歩いている。
もちろんロングヘアのウィッグも外している。
道の両側にはサークルの立て看板が並ぶ。

光瑠(ていうかサークルどうしよ。海里(かいり)ならなんのサークルに入るかな……)

その時、光瑠はふと美空の言葉を思い出す。

美空モノ『これからは光瑠が着たいものを着て、光瑠がやりたいことをやればいいんだよ。ね!』

光瑠(私って何がやりたいんだろう……)

先輩「ねぇねぇそこの君。1年?」

光瑠「はい」

先輩「サークルたくさんあって迷うよねぇ。そんな君にうってつけのサークルがあるよ〜〜」

光瑠はイベントサークルのチラシをもらう。

光瑠「何をするサークルなんですか?」

先輩「楽しいこと全部! みんなで海行ったりバーベキューしたり、映画見たり旅行したり。自分がやりたいことだけ参加すればいいんだよ。可愛い彼女もできるよ〜彼女いる? まぁとりあえず今日の夜ここで新歓やるから、絶対来て」 ※押しが強い。

光瑠(うわぁ、パリピだ……) ※顔が引きつる。

先輩「名前は? なにクン? 連絡先教えてよ」 ※光瑠が男だと勘違いしている。

先輩はスマホを持って構えているため、もう逃げられないと思った光瑠は、仕方なく自分のスマホを取り出そうとする。
すると、後ろから先輩のスマホをスッと奪い、何やら操作をする男が現れる。 ※ここではまだ口元から下しか分からない。

柊斗「はい、登録したよ。俺の連絡先」

男の正体は柊斗。
ニコニコしながら先輩にスマホを返す。

光瑠(なんでこんなとこに!?)

先輩「は……?」 

柊斗はキョトンとした先輩の耳元に顔を寄せる。

柊斗「連絡、待ってるよ」 ※イケボで囁く。

その瞬間、先輩がキュンとして目がうっとりハートになる。

光瑠(あーあ。この人、完全に先輩の虜になっちゃったよ) ※苦笑い。

柊斗「ほら行くよ」

光瑠「あ、え!?」

突然肩に手を回され、光瑠はそのまま柊斗に連れて行かれる。
歩き続ける光瑠と柊斗。

光瑠(もしかして、助けてくれた……?)

光瑠「さっきの、本当に先輩の番号教えたんですか?」 

柊斗は光瑠が「先輩」と言ったことに反応するが、切り替える。

柊斗「まさか。昨日かかってきた詐欺電話の番号そのまま登録した」 ※爽やかに、全く悪びれていない。

光瑠(サイテーだなこの人) ※呆れる。

柊斗「ところでさ」

柊斗が急に立ち止まり、光瑠の頭に手を置いて逃げられないようにし、ぐっと顔を近づける。

柊斗「もしかして俺たち、どこかで会ったことある?」 ※全てを見透かすような目と、本気の声のトーン。

光瑠の顔から血の気が引いていく。

光瑠(しまった……! 私たち、ほんとはまだ初対面なんだった!)