姉ちゃんと和之が並んで食べている。 その向かい側で俺と麻理が食べている。
俺は何気に麻理の太腿を撫でてみた。 ゴン!
「いってえ!」 「あんたねえ、時と場所を考えなさいよね!」
「母さん 父さんにもっと優しくしてやってよ。」 和之が麻理を宥めようとする。
 「そう? でもねえ、言う時には言わなきゃダメよ。」 「そりゃそうかもしれないけど、、、。」
「いいわ。 後でたっぷり甘えさせるから。」 「優しくないなあ。」
「てめえが悪いんだよ。 変な時に手を出すから。」 麻理は俺をものすごい顔で睨みつけてからトイレに立った。
 「父さんも災難だねえ。」 「いいんだよ。 あれが母さんだ。」
「確かに、、、。 母さんの尻に敷かれてるほうが平和だって言うよね。」 和之は姉ちゃんを見た。
 「なあに? 私と萌えたいの?」 「いや、、、。」
「さあて今夜は何をしようかなあ?」 そこへ麻理がおどけながら出てきたものだからみんなは唖然としてしまった。
 「何よ? みんな揃って。」 「いやいや、お前が可愛く出てくるからびっくりしてるんだよ。」
「あらそう。 これが私よ。 ウフ。」 何とも言えない空気に痺れを切らしたのか麻理は浴室へ飛んでいった。
 気になって様子を見に行くと、、、。 「みんな揃って冷たいんだから。」
ブツブツ言いながら麻理は鏡を見詰めている。 時々不意に落ち込むんだって言ってたよな。
 俺は何も言わずに麻理を後ろから抱き締めた。 「お父さん、、、。 キスして。」
 キスをせがむなんて珍しいなあ。 そう思いながらキスをする。
思えば30年、毎日のように喧嘩しながら毎日のようにくっ付いてたんだ。 俺には麻理しか居ないんだよ。
 そしてこれまた毎日のように一緒に風呂へ入って当然のことのように一緒に寝る。 それでここまでやってきた。
軽い気持ちでくっ付いて軽い気持ちで離婚する男と女が増えている中で生きた化石みたいな俺たち、、、。
同性婚でもなく事実婚でもなく昔から恋焦がれた結婚だった。 あの交番も何度閉鎖されようとしたか、、、。
 「何も事件が起きない町に交番は要らないでしょう。」 そう迫ってくるお偉いさんたちに本部長は言った。
「何も無くても何も起きなくても地域住民が居ます。 住民が居る限りは存続させるべきです。」 そのおかげで俺はここまでやってこれた。
 親父が死んだ後、喧嘩騒ぎを起こすやつは居なくなった。 迷子騒ぎも無くなった。
幽霊騒ぎも消えてしまった。 ほんとの意味で町が廃墟化してきた。
 「たぶん、俺が死ぬ頃にはこの町は無くなってるなあ。」 通りを見るたびにそう思う。

 キスして落ち着いたのか麻理もようやく笑顔になった。 「可愛いな。 お前。」
「ほんとにそう思ってる?」 「思ってるよ。」
「嘘じゃないよね?」 「ほんとだよ。」
「あなたに出会えて良かったわ。」 「俺もだ。」
「一緒に死のうね。」 「何だよ いきなり?」
「同じ日に死んで同じ棺桶に入りたい。」 「棺桶の中で萌えちゃうよ。」
「いいわ。 ずっと抱いててほしいから。」 (何をメロってんだろう?)
 麻理は浴室のサッシを開けた。 いつもと変わらぬ殺風景な風呂、、、。
「ねえねえ、ここにさあ花でも飾らない?」 「花?」
「なんかさあ、これだけじゃあ寂しいじゃない。」 「これで30年やってきたんだからいいじゃん。」
「進歩の無い人ねえ。 何か飾ろうよ。」 「そうだなあ、富士山の絵とか?」
「あんた、絵 描けるんかい?」 「ブ、、、、。」
麻理が洗面器でお湯を掛けてきた。 「ちっとは真面目に考えてよ。」
「分かった。 分かったから不意に攻撃するな。」 「あんたが妙なことを言うから悪いんでしょうが。」
 麻理は窓を開けた。 「ここに何か飾れそうね。」
その時、、、。 「キャー! 何すんのよ 変態!」
そう言って俺の顔を膝で思い切り蹴飛ばした。 「いてえなあ、おい。」
 「あんたが覗くからでしょう?」 「覗くからってお前がいきなり顔の前に立つから、、、。」
「あーーーーら、ごめんなさいねえ。 だってあなたが居るなんて思わなかったから。」 「ずっとここに居ましたけど、、、。」
「可愛がらせてあげるから許して。 ねえ、お父さん。」 いきなり甘えてくるから怒りたくても怒れない。
またやられたわ。 トホホ。
 そんなわけで和気あいあいの夫婦なんですわ。 特別天然記念物にでもされそうな、、、。
風呂上りに冷たいお茶を飲み、お互いを抱き寄せて寝室へ入る。 羨ましい限りの仲良し夫婦じゃあーりませんか。
 和之が小学校に入った頃、「虐められた!」って泣きながら帰ってきたことが有る。 麻理はまだまだ帰ってこない。
俺も交番に居たからそんなことは知らなかった。 たまたま休みで家に居た姉ちゃんが話を聞いたんだ。
 「誰がやったの?」 「藤岡君と浦崎君。」
「何をされたの?」 「給食を隠されたんだ。 後になってぼくがわざとやったことにされて先生にも怒られた。」
「そっか。 大変だったね。」 姉ちゃんはそう言うとショップに電話を掛けて、、、。
 「そうなの。 和之が虐められたんだって。」 「分かった。 休みを取るから家で待ってて。」
そして麻理は交番に来た。 「和之がやられたんだって。」
 角を5本くらい生やしたようなド噴火状態で来たものだから俺も驚いた。 「お説教しに行きましょう。」
麻理は激怒すると俺でも止められなくなる。 そこまでやっちまっていた。
 小学校に着いた麻理は担任を呼び出した。 「何の話でしょう?」
「和之のことなんだけど、、、、。」 「それだったら指導は済んでますけど、、、。」
「は? あんたの何が指導なのよ? 藤岡君たちの話だけを聞いて一方的に怒ったって言うじゃないですか。」 「そんなことは有りませんよ。 きちんとマニュアルに則って、、、。」
「一方的だなんて、、、そんなことはありませんよ。」 「じゃあいいわ。 和之をここに連れてきますから。」
「いやいや、その必要は、、、。」 担任は必死に麻理を止めようとするが、、、。
麻理はスマホで和之を呼び付けた。 「やられたことをみんな話しなさい。」
 「いやいや、お母さんそれではお子さんの教育に、、、。」 「うっせえ! あんたが一番子供をダメにしてるんじゃないか! のぼせるんじゃねえよ!」
教室で麻理が怒鳴りつけたものだから廊下を歩いていた教師が教頭を呼んできた。 「あの、、、何が有ったんですか?」
「教頭さんには知らせなかったのね? 実は、、、。」 「そりゃあいかん。 田上先生 ここは一つ みんなを呼んで事実を離したらどうですか?」
 教頭がそう言うものだから担任は関係していた子供たちを呼び集めてきちんと話を聞いた。 「そうか。 ぼくは君たちの嘘を信じたわけだね?」
藤岡君たちの母親も唖然として聞いている。 「ぼくの責任です。 謝ります。」
 その後、その先生は転勤願を出して転勤していったそうな、、、。