交番から劇場のほうへ回ってみる。 薄暗かった通りも木が伐採されて明るくなっている。
「変わっちゃったわねえ。」 「この世の中で変わらない物なんて無いよ。」
「そりゃそうだけどさあ、、、。」 麻理は駐車場だった広場に目をやる。
そこには以前には無かった公衆トイレが、、、。 「こんな所にトイレが有るわよ。」
「ああ。 町長が代わって町民の声を聴くとか言って作ったやつだな。」 「でもさあ、何でここ?」
「さあねえ。 この辺りは今再開発中だからなあ。」 「ビルでも建つの?」
「再来年には着工するって言ってたな。」 「何か大きな物が出来そうね。」
そのうちに劇場も病院も姿を消すんだろう。 時の流れって怖いよな。
もちろん、俺たちだってずっと平和だったわけじゃない。 麻理だっていろんなことが有ったんだ。
やつが二十歳の頃だった。 短大生だった麻理は友達と山陰を旅行中だった。
そこで泊まった旅館で友達がレイプされちまった。 相手の男は麻理も追い掛けてきたんだって。
でもギリギリのところで旅館の従業員が割って入ってくれた。 生きた心地はしなかったって言ってたな。
旅行を打ち切って帰ってきたら今度は同級生に着け狙われるようになった。 それこそ風呂の写真を撮られたりもしたんだそうだ。
親もそれにはさすがに驚いた。 短大にも調査を要求したけど聞いてくれなくて警察に行った。
ところが警察は「好きでやってるんだろうから事件性は無いよ。」なんて言い捨てた。 それなもんだからお父さんは麻理の入浴中、玄関から見張るようになったんだって。
半年経ってやっと犯人が捕まってみるとそれは短大の職員だった。 麻理は卒業前だったけれど思い余って中退してしまった。
それからが大変なんだよ。 強烈な鬱病にも悩まされたそうだ。
精神科医は鬱病とptsdだって診断した。 それからは引き籠りの毎日だ。
お母さんは気分転換にって散歩を勧めたけどなかなか動き出せない。 他のクラスメートたちが就職したり結婚したりしていくのをぼんやりと見詰めているだけだった。
3年ほど経ってお父さんが柴犬を連れて帰ってきた。 「家の中でも飼えるんだからいいだろう。」ってね。
それからやっと麻理が笑うようになってきた。 まだまだ薬は手放せなかったけれど。
ようやく6年目の春に麻理は就職した。 それが今のスマホショップだったわけね。
あの頃、芸能人とワチャワチャやってる人が居たよなあ。 触られたの触られなかったのって、、、。
最初は「可哀そうだな。」って思いながら見てたけどさ、1年近く経ったら水着の写真だとか写真集だとか宣伝するようになったよね?
ptsdってさあ、そう簡単には克服できないんだよ。 1年や2年でそこまでやれたらすごいと思う。
俺のだちにも居る。 男に弄ばれた男。
すっかり男の玩具にされちまった男。 そいつだって40年苦しみ続けたんだ。
とんでもない闇に嵌り込んだり鬱病になったりすごかったんだって言ってたよ。
だからさあ1年や2年で立ち直るなんてのはちょっと怪しいと思う。 報道のおかげで名前が売れたんじゃないかってね。
そこに行くまでの話が出来過ぎてるもん。 性被害なんだろう?
家族にまで誹謗中傷が及んでたんだろう? それで水着ショットを公開するかい?
ちょいと出来過ぎだよ。 メンバーコミュを作ったり写真集を作ったりして、、、。
批判を恐れずに言えば名前を売ったんだ。 そうだよね?
「私頑張ってます。」アピールは要らなかったと思うよ。 気分悪かったもん。
麻理に苦しんだ話を聞いた後だったからね。
あの頃、俺は姉ちゃんをいつも追い掛けていた。 フラットショップを抜け出しては交番に来て居座っている姉ちゃんを何とかしなきゃって思っていた。
姉ちゃんに手を焼いていたのは麻理も同じだった。 それで時々は会うようにもなったんだ。
それがまさかさあ結婚するなんて思わなかったよ。 麻理の分娩にも立ち合った。
(こうやって生まれてくるんだ。) 和之が出てきた時には感動したなあ。 麻理はずっと苦しんでたけど、、、。
思ったより難産だったんだ。 だから生まれた時にはホッとした。
医者にはね「帝王切開を、、、」って言われたけど麻理は受け入れなかった。 「下から産んであげたいの。」って。
母ちゃんって強いよなあ。 いつもは澄ましてるのに、いざとなると、、、。
和之を連れて家に帰ってきた時、麻理は俺に言った。 「この子はあなたの分身です。 変なことを教えないでくださいね。」って。
それから27年、何処にでも居るごくごく平凡な家族を続けてきた。 そして俺も麻理も年寄りって呼ばれる年代になった。
「ただいま。」 姉ちゃんが帰ってきた。
「お帰り。 ご苦労様です。」 「あれあれ? 和之は?」
「今日は長距離バスに乗ってるから帰ってこないわよ。」 「そっか。 寂しいなあ。」
姉ちゃんは自分の部屋に入るとそのまま出てこなくなった。 「また寝たんだな あいつ。」
「いいじゃない。 自分の時間を持てたんだもん。 あなたも解放されたのね。」 「そうだといいけどなあ。」
「なあに。 私が居るもん。 私が縛ってあげるわよ。」 そう言って麻理は笑ってくる。
まだまだ夕日も明るい。 表では郵便配達のバイクが走って行ったところ。
取材も中途半端に終わってしまって気が抜けた状態で家に帰ってきたんだ。 何とも言えない気持ちで床に寝転がってみる。
「乗ってあげる。」 そう言って麻理が上に載ってきた。
「幸せだなあ。」 「キスしてあげるね。」
と思ったら二人揃って寝落ちしてしまったんだ。 やっちゃった。
「ただいまーーー。」 どれくらい経ったんだろう?
姉ちゃんの声が聞こえて俺たちは慌てて飛び起きた。 「今何時?」
「7時だよ。」 「何で起こしてくれないのよ? オタンコナス。」
「そんなん言ったって、、、。」 「まあいいわ。 あなたは私のおっぱいで寝てたんだもんね。」
目覚めにお茶を飲んでから麻理は台所へ立った。 「何食べよう?」
冷蔵庫を漁りながら野菜を出していく。 「今夜も煮物だな。」
「そうよ。 お父さんにもお姉さんにもずーーーーーーーーっと長生きしてもらいたいから。」 「お前は?」
「私はいいの。 役目も終わったしいつ死んでも文句は無いわ。」 「いつ死んでもって、、、。」
「和之だって立派になったしあなたもまだまだ元気そうだしやりたいことはやったわ。」 「エッチをか?」
そう言った瞬間、麻理の強烈な拳骨が飛んできた。 「てねえ、それしか無いんかーーー!」
「いてえ!」 油断しているとこれだもんなあ。
「私を怒らせた罰よ。 おとなしくしてなさい。」 まったくもって100万トントンカチだぜ。
「ただいまーーー。」 そこへ和之が帰ってきた。
「お帰りーーー。 遅かったわねえ。」 「今日は相生原まで乗ったから。」
「お前も出世したねえ。 長距離を任されるようになったのか。」 「いずれは東京行きも任せてくれるんだって。」
「東京行きか。 高速も通るから大変だぞ。」 「大丈夫だよ。 今のバスは自動運転だから。」
「そうよねえ。 バスも変わったわねえ。」 煮物を運びながら麻理が笑った。
そうだ。 20年前から車はオートコントロールが主流になってきた。
運転免許もだいぶ変わったらしい。 オートマだって見なくなったからね。
だからかな、50を過ぎた運転手は相当に苦労しているとか、、、。
そうだよなあ、コントロールチップを間違えるととんでもない所に行っちゃうし焦るよなあ。
「変わっちゃったわねえ。」 「この世の中で変わらない物なんて無いよ。」
「そりゃそうだけどさあ、、、。」 麻理は駐車場だった広場に目をやる。
そこには以前には無かった公衆トイレが、、、。 「こんな所にトイレが有るわよ。」
「ああ。 町長が代わって町民の声を聴くとか言って作ったやつだな。」 「でもさあ、何でここ?」
「さあねえ。 この辺りは今再開発中だからなあ。」 「ビルでも建つの?」
「再来年には着工するって言ってたな。」 「何か大きな物が出来そうね。」
そのうちに劇場も病院も姿を消すんだろう。 時の流れって怖いよな。
もちろん、俺たちだってずっと平和だったわけじゃない。 麻理だっていろんなことが有ったんだ。
やつが二十歳の頃だった。 短大生だった麻理は友達と山陰を旅行中だった。
そこで泊まった旅館で友達がレイプされちまった。 相手の男は麻理も追い掛けてきたんだって。
でもギリギリのところで旅館の従業員が割って入ってくれた。 生きた心地はしなかったって言ってたな。
旅行を打ち切って帰ってきたら今度は同級生に着け狙われるようになった。 それこそ風呂の写真を撮られたりもしたんだそうだ。
親もそれにはさすがに驚いた。 短大にも調査を要求したけど聞いてくれなくて警察に行った。
ところが警察は「好きでやってるんだろうから事件性は無いよ。」なんて言い捨てた。 それなもんだからお父さんは麻理の入浴中、玄関から見張るようになったんだって。
半年経ってやっと犯人が捕まってみるとそれは短大の職員だった。 麻理は卒業前だったけれど思い余って中退してしまった。
それからが大変なんだよ。 強烈な鬱病にも悩まされたそうだ。
精神科医は鬱病とptsdだって診断した。 それからは引き籠りの毎日だ。
お母さんは気分転換にって散歩を勧めたけどなかなか動き出せない。 他のクラスメートたちが就職したり結婚したりしていくのをぼんやりと見詰めているだけだった。
3年ほど経ってお父さんが柴犬を連れて帰ってきた。 「家の中でも飼えるんだからいいだろう。」ってね。
それからやっと麻理が笑うようになってきた。 まだまだ薬は手放せなかったけれど。
ようやく6年目の春に麻理は就職した。 それが今のスマホショップだったわけね。
あの頃、芸能人とワチャワチャやってる人が居たよなあ。 触られたの触られなかったのって、、、。
最初は「可哀そうだな。」って思いながら見てたけどさ、1年近く経ったら水着の写真だとか写真集だとか宣伝するようになったよね?
ptsdってさあ、そう簡単には克服できないんだよ。 1年や2年でそこまでやれたらすごいと思う。
俺のだちにも居る。 男に弄ばれた男。
すっかり男の玩具にされちまった男。 そいつだって40年苦しみ続けたんだ。
とんでもない闇に嵌り込んだり鬱病になったりすごかったんだって言ってたよ。
だからさあ1年や2年で立ち直るなんてのはちょっと怪しいと思う。 報道のおかげで名前が売れたんじゃないかってね。
そこに行くまでの話が出来過ぎてるもん。 性被害なんだろう?
家族にまで誹謗中傷が及んでたんだろう? それで水着ショットを公開するかい?
ちょいと出来過ぎだよ。 メンバーコミュを作ったり写真集を作ったりして、、、。
批判を恐れずに言えば名前を売ったんだ。 そうだよね?
「私頑張ってます。」アピールは要らなかったと思うよ。 気分悪かったもん。
麻理に苦しんだ話を聞いた後だったからね。
あの頃、俺は姉ちゃんをいつも追い掛けていた。 フラットショップを抜け出しては交番に来て居座っている姉ちゃんを何とかしなきゃって思っていた。
姉ちゃんに手を焼いていたのは麻理も同じだった。 それで時々は会うようにもなったんだ。
それがまさかさあ結婚するなんて思わなかったよ。 麻理の分娩にも立ち合った。
(こうやって生まれてくるんだ。) 和之が出てきた時には感動したなあ。 麻理はずっと苦しんでたけど、、、。
思ったより難産だったんだ。 だから生まれた時にはホッとした。
医者にはね「帝王切開を、、、」って言われたけど麻理は受け入れなかった。 「下から産んであげたいの。」って。
母ちゃんって強いよなあ。 いつもは澄ましてるのに、いざとなると、、、。
和之を連れて家に帰ってきた時、麻理は俺に言った。 「この子はあなたの分身です。 変なことを教えないでくださいね。」って。
それから27年、何処にでも居るごくごく平凡な家族を続けてきた。 そして俺も麻理も年寄りって呼ばれる年代になった。
「ただいま。」 姉ちゃんが帰ってきた。
「お帰り。 ご苦労様です。」 「あれあれ? 和之は?」
「今日は長距離バスに乗ってるから帰ってこないわよ。」 「そっか。 寂しいなあ。」
姉ちゃんは自分の部屋に入るとそのまま出てこなくなった。 「また寝たんだな あいつ。」
「いいじゃない。 自分の時間を持てたんだもん。 あなたも解放されたのね。」 「そうだといいけどなあ。」
「なあに。 私が居るもん。 私が縛ってあげるわよ。」 そう言って麻理は笑ってくる。
まだまだ夕日も明るい。 表では郵便配達のバイクが走って行ったところ。
取材も中途半端に終わってしまって気が抜けた状態で家に帰ってきたんだ。 何とも言えない気持ちで床に寝転がってみる。
「乗ってあげる。」 そう言って麻理が上に載ってきた。
「幸せだなあ。」 「キスしてあげるね。」
と思ったら二人揃って寝落ちしてしまったんだ。 やっちゃった。
「ただいまーーー。」 どれくらい経ったんだろう?
姉ちゃんの声が聞こえて俺たちは慌てて飛び起きた。 「今何時?」
「7時だよ。」 「何で起こしてくれないのよ? オタンコナス。」
「そんなん言ったって、、、。」 「まあいいわ。 あなたは私のおっぱいで寝てたんだもんね。」
目覚めにお茶を飲んでから麻理は台所へ立った。 「何食べよう?」
冷蔵庫を漁りながら野菜を出していく。 「今夜も煮物だな。」
「そうよ。 お父さんにもお姉さんにもずーーーーーーーーっと長生きしてもらいたいから。」 「お前は?」
「私はいいの。 役目も終わったしいつ死んでも文句は無いわ。」 「いつ死んでもって、、、。」
「和之だって立派になったしあなたもまだまだ元気そうだしやりたいことはやったわ。」 「エッチをか?」
そう言った瞬間、麻理の強烈な拳骨が飛んできた。 「てねえ、それしか無いんかーーー!」
「いてえ!」 油断しているとこれだもんなあ。
「私を怒らせた罰よ。 おとなしくしてなさい。」 まったくもって100万トントンカチだぜ。
「ただいまーーー。」 そこへ和之が帰ってきた。
「お帰りーーー。 遅かったわねえ。」 「今日は相生原まで乗ったから。」
「お前も出世したねえ。 長距離を任されるようになったのか。」 「いずれは東京行きも任せてくれるんだって。」
「東京行きか。 高速も通るから大変だぞ。」 「大丈夫だよ。 今のバスは自動運転だから。」
「そうよねえ。 バスも変わったわねえ。」 煮物を運びながら麻理が笑った。
そうだ。 20年前から車はオートコントロールが主流になってきた。
運転免許もだいぶ変わったらしい。 オートマだって見なくなったからね。
だからかな、50を過ぎた運転手は相当に苦労しているとか、、、。
そうだよなあ、コントロールチップを間違えるととんでもない所に行っちゃうし焦るよなあ。



