さてさて交番で働く日が来ました。 今日も朝から頑張るぞ!
って気合を入れてみても電線に留まったカラスがアホらしい眼で笑ってるだけ。 寂しいやないかーい。
 店の前で蜘蛛と格闘していたあのおばちゃんも死んじゃったらしいし騒ぎを起こす人が本当に居なくなったこの町、、、。
この交番もその存在意義を問われている今日この頃。
 今日は日光新聞の記者が取材しに来るんだって。 何を聞きたいんだろう?
ここで褒められるのは30年間 拳銃を発射しなかったこと。 手錠は一度だけ使ったからな。
 「おー、兄さん 元気かい?」 「お前に聞かれなくても元気だよ。」
「兄さん、そこはなあ おー 元気やでーーーーーーーって返してくれなきゃ困るわよ。」 「俺は別に困らねえぞ。」
「俺が困るんだよーーーーーー。」 「勝手に困ってろ。 オンボロ小判目。」
「小判じゃないもーーーーーん。 コバンザメだもーーーーーん。」 「同じやないかい。 進化しねえなあ。」
「進化してるもーーーーん。」 「あら、小判さん どうしたの?」
 そこへいきなり麻理が現れたものだから小判は慌てて逃げ出してしまった。 「変なの。」
「どうしたんだ?」 「取材が来るって言うから休みを貰って出てきたの。」
「心配しなくてもいいのに。」 「一応、妻としては心配なのよ。 初めてだしね。」
「ありがとう。 心配してくれて。」 「取材は何時くらいに来るの?」
「予定じゃあ2時だったはず。」 「日光新聞よね?」
「そうだ。」 「変なことを聞かれないといいけどなあ。」
「変なこと?」 「あそこの記者は変なのが多いから。」
「知ってるのか?」 「だってさあ、うちにも何回も来たのよ。 そのたびに「彼氏は居るのか?」とか「やったこと有るのか?」とか聞いてくるんだから。」
 分からんでもない。 記者ってもてない男が多いから知りたくなるよなあ。 特にこのお嬢さんは。
俺が何気に視線を泳がせていると、、、。 「何処見てんのよ! ボケナス!」
麻理の拳骨が頬っぺたにヒットした。 「ノックダウン。」
「あらあら、まだ死んじゃダメよ。 私が居るんだから。」 「そのあなたが倒したようなもんですけど、、、。」
「ごめんなさいねえ。 私、ボクシングでもやればよかったかなあ?」 「たぶん、世界最強のボクサーですわ。」
 頬っぺたにシップを張りながら俺は表通りに目をやった。
そこへ新聞社らしい車が走ってきた。 「あの人ね。」
麻理も警戒している様子。 そこへ記者が出てきた。
 「初めまして。 日光新聞の吉永と申します。 今日はよろしくお願いします。」 「ああ、どうも。」
最初だけ愛想笑いで手を振ってやる。 記者を中に入れると、、、。
「古い交番ですねえ。」 「それくらいはあんたも知ってるだろう?」
「知ってますけどここまで古いとは、、、。」 「んで、何が聞きたいの?」
「ああ、それは、、、。」 記者がノートを開いた。
 「では順番に質問させていただきます。」

 q1 何でこの交番に入ったんですか?
 答え ここしか配属先が無かったから。
 q2 辞めようと思ったことは?
 答え 何度か有りますよ。 でも「お前が居なくなったら代わりの警察官が居ないから辞めないでくれ。」って言われたんです。
 q3 ご結婚はいつされましたか?
 答え 30年前の夏です。
 q4 奥さんとの出会いの場所は何処ですか?
 答え この交番です。
 q5 その後、初体験は何処でされましたか?
 答え 結婚して我が家で、、、。
 q6 奥さんはどうでしたか?

 ここまで来た時、記者を睨みつけていた麻理の拳骨が飛んできた。 「ふざけんじゃないわよ! あんた何様よ! 返りなさい!」
せまい交番の中で思い切り大声で叫んだものだから記者も縮こまってしまった。 「黙って聞いてればいい気になりやがって。 何様なのよ!」
「おいおい、麻理。 そこまでは、、、。」 「言わせてもらうわよ。 こんな変態が居るから日光新聞は売れないのよ。 辞めなさいよ あんた。」
「しかし、、、。」 「しかしもくそも無いの。 冗談じゃないわよ。 交番の取材でしょう? 何で夫婦の生活を暴くのよ? ん? 言ってみな!」
あまりの迫力に記者はノートを捨てて逃げていきましたわ。 「やっぱりダメね。 あの会社は。」
「お前が居て良かったよ。」 「は? あなたがだらしないから私が怒ったのよ。」
「グググ、、、。」 「さあ帰りましょう。 今日はこれでいいでしょう?」
 麻理はそう言うと交番を出た。 「あなたも帰るのよ。」
「分かった分かった。」 やっぱり俺はダメ警官、、、麻理には逆らえないわ。

 家に帰ってくると「コーヒー入れるからさあ、あなたも飲むでしょう?」って優しい顔に戻って麻理が言ってきた。 「飲みたいな。」
「あなたはブラックよね?」 「そうだ。」
 「今日のことはさっぱり忘れて頑張ってね。 お父さん。」 さっきとはえらく違う優しい顔で俺を見詰めている。
「キュイーン。」 「何?」
「お前の優しさが身に沁みるんだ。」 「お父さんったら、、、。」
 その頃、中野通交番では、、、。 何度か無線が呼んでいたらしいが、、、。
「そろそろ、あの交番も終わりかなあ?」 本庁では実しやかにそんなことが囁かれるようになったとかならないとか、、、。
 そんなこととはお構いなしに俺と麻理は散歩に出掛けるのでありました。 「珍しいわよねえ。 散歩なんて、、、。」
「そうだなあ。 初めてだなあ。」 「あの頃さあ、あなたの巡回に初めて付いて行った時のことは覚えてる?」
「ああ、覚えてるよ。 劇場の中も見たんだっけな。」 「あの劇場も壊れちゃったわね。」
「30年も経ってるんだ。 そりゃあ壊れるよ。」 「私より先に行かないでね。 お父さん。」
「もちろんだよ。 俺は長生きするんだ。」 「頑張ってね。 お姉さんと。」
「お前はどうするんだよ?」 「お父さんのボケた姿は見たくないから先に逝ってるわ。」
「それも寂しいなあ。」 「だっておっぱいだけでしょう?」
「何言ってんだよ。 お前の全てをこの通りに愛してるんだぞ。」 「ほんとかなあ?」
「ほんとだよ。」 「信じてもいいのね?」
「嘘だったら30年も傍に居ないだろう。」 「それもそうだ。」
 明るく笑う麻理の横顔を撫でてみる。 中年の俺たちがやっと幸せを実感した瞬間だったのかも?