そろそろ俺も定年を迎えるんだ。 そこで退職希望を出してみた。
けど本部はなかなか認めてくれない。 「中野通ならまだまだ働けるだろう。 後継ぎも居ないんだから頑張ってよ。」
そんな無茶苦茶な話が有るかい? ってここに有っただなあ。
 「あなた、まだ退職できないの?」 「そうなんだよ。 後継ぎも居ないから頑張れって言われちまって。」
「それじゃあやるしかないわねえ。 はーあ。」 麻理は味噌汁を飲みながら深い溜息を吐くのですよ。
 そんな麻理も59歳になりまして、もうすぐ定年を迎えるのですが、、、。
あのショップも移転しまして我が家からバスで通っておりますらしいです。 可哀そうに。
 それもさあバスで40分くらい掛かるんだって。 大変だよなあ。
俺は自転車で突っ走ってるのに、、、。

 あの日、婚約者が覚醒剤で逮捕された後、その母親が電話を掛けてきたんだって。 「申し訳ありません。 忠之が事件を起こしまして、、、。」
「それで今後はどうされるんですか?」 「やったことがやったことなので婚約は破棄させてください。」
麻理の親もしばらくは何も言えなかったらしい。 それで麻理が切り出した。
「分かりました。 これまでのことは無かったことにします。」 それでもって俺と付き合うことになったんだ。
 最初はね、冷たい目で見られたよ。 そりゃあ、こんな田舎の小さな交番で働いてるんだもんなあ。
麻理の親父さんはレストランのシェフだ。 母さんは社会福祉事業団の副理事長だ。 縮みあがらないわけが無い。
 でもさ、半年掛けて親父さんとも飲みながら話をした。 「それであんたがいいなら娘をあげるよ。」
そう言ってくれたのはそれからさらに半年経ってからだった。 親父は「これ以上無い慶事だ。」って言って馴染み連中を集めて大宴会を催した。
 この町始まって以来の飲み会だってみんなに言われたなあ。 どういう意味だよ?
だってさあ、町長だってそんな飲み会はやらなかったぞ。 そこまで信用されてる人だとも思えなかったけど、、、。
 それから2年が経って長男の和之が生まれたんだ。 麻理は殊の外喜んだ。
父さんも高齢だったからね。 早く孫を抱かせたいって言ってたんだ。
 でもお母さんは和之を抱っこすることも無く肺癌で死んでしまった。 麻理はお母さんっ子だったから大変だったよ。
病院でお母さんの顔を見た時、泣き崩れたんだから。 「私も死ぬ。」って言い出してね。
 その日はさすがに俺の実家に泊って母ちゃんにも相手をしてもらったよ。 「まあまあ、孫が生まれるっていう時に死んじゃったんだねえ。 そりゃあショックだろうよ。 でもね、あんたまで死ぬんじゃあお母さんは辛いと思うよ。」
普段は麻理が借りていたアパートで暮らしてたんだけどさ、俺だけじゃ収めきれないなって思って。
 そんな和之も27歳になった。 今やバスの運転手をしている。
時々は麻理を見掛けるんだってさ。 でもいつか、あいつも嫁さんを捕まえて出ていくんだろうなあ。
 今はね、俺の実家に住んでるの。 もっちろん、あの姉ちゃんも一緒にね。
結局さあ、姉ちゃんを捕まえてくれる人はこれまで現れなかったの。 ざんねーん。
 親父も母ちゃんも10年前に仲良く死んじゃった。 それでこの家に引っ越してきたわけよ。
一階の部屋は俺と麻理が使っている。 二階は和之と姉ちゃんが使っている。
 「こらーーーー、和之!」 今日も姉ちゃんは相変わらずに吼えている。
 「何なの? 五月さん。」 麻理は怪訝そうな顔で姉ちゃんを見る。
「和之が、和之が。」 「そんなんじゃないってばよ。 おばちゃんが、、、。」
 あの頃の俺たちみたいに仲良く楽しく賑やかにやってらっしゃるのを見ながら麻理は溜息を吐く。 「五月さんも大変なのねえ。」
「俺のほうがもっと大変だったよ。」 「そうなの?」
「だってさあ、毎日交番に来て暇を潰してたんだぜ。」 「そうだったわねえ。 あはは。」
 いつもいつも姉ちゃんのことを心配していた麻理を嫁に迎えて30年。 あっという間だったよな。
親父さんのレストランも人手に渡ってしまって今はフランス料理を出している。 お母さんは老人ホームに入っていてカラオケ隊長だって呼ばれている。
 (あの劇場は?)と思うでしょう? 完全に崩れ去って廃材置き場みたいになってますよ。 それでもたまにユーチューバーが来てるみたい。
燃えカスになったスーパーも崩れ落ちちゃったし、いよいよ廃墟の町って感じ。

 午後5時を過ぎますといつものように札を下げて交番を出ます。 そしたらいつものように買い物を、、、。
朝、出掛ける前に麻理からメモを渡されるのよね。 「これとこれとこれを買ってきて。」って。
 麻理が帰ってくるのは8時を過ぎたころ。 だからそれまでにある程度の料理は作っておきます。
「ごめんねえ。 遅くなっちゃって。」 いつもいつもそう言いながら入ってきます。
「気にすんなよ。 忙しいのは分かってるから。」 「優しいのね。」
「そりゃあ、前からお前が忙しくしてるのは見てたからさ。」 「そうだよね。」
 今でこそこうだけど最初の頃はなあ、、、。
麻理が借りていたアパートは交番から40分くらいの所に在った。 だから毎日自転車で走るのも大変だった。
 スマホショップからは10分くらいだから麻理はいつも歩いてたよなあ。 羨ましかったわ。
それで麻理は9時まで働いてたの。 それでね、買い物も料理も俺が、、、。
 それで夕食を済ませると二人でお風呂へ、、、。 あのlサイズのお胸を見た時にはカーっとなっちゃったよ。
「どうしたの?」って聞いてくるんだ。 「いや、その、あの、、、、。」
「良太さんらしくないなあ。 どうしたの?」 顔を近付けてくるとお胸も近付いてくるのよね。
ますます緊張しちゃって、、、。 最初の頃は真正面から見れなかったんだよな。
 それから3年ほど経って妊娠したことを知らされた時には「え?」って感じだった。 しちゃったの?って。
半年が過ぎて胎動を感じるようになった時、(ここに俺の息子が入ってるんだな。)って思ったら感激しちゃって。
やっぱり女ってすごいよ。 もう一人の命を体の中に宿すんだもん。
なあ麻理さん。

 木曜日になると二人で休みを取ります。 いつの間にかそうなっちゃいました。
最初は別々に休んでたんだけど「同じほうがいいよね。」って話し合って決めたんだ。
 ハネムーンは行ったのかって? まだまだなんだよ。
そんな余裕が無くてさあ。 行きたいなって話してはいたんだけど、、、。
あれこれしているうちに30年が経っちゃったのよね。 そして、、、。
 朝です。 朝です。 紛れもなく朝です。
大きな布団の中で蹲るようにして二人は寝てます。 姉ちゃんと和之はパックご飯と味噌汁を食べてからそーーっと出掛けていきました。
 麻理は腕枕で寝てます。 セミロングの髪もぼさぼさのまま。
俺は目を覚ますたびにlサイズのお胸を拝んでから寝直します。 結婚当初から変わってないみたい。
 10時近くなると揃ってボワーっと目を覚まします。 どちらからともなく「おはよう。」。
「ねえ、今日もさあ見てたでしょう?」 「何を?」
ニヤニヤしながら麻理が自分の胸を指差します。 「見たよ。」
「エッチーーーーー。 変態ーーーーーー。 見るだけなの?」 「どういうこと?」
「見るだけなら嫌なの。 ちゃんと可愛がってね。」 ちょいと丸顔の麻理にニコッとされたら痺れちゃうよーーーー。
 浜辺で引き攣ってるヒラメみたいな俺を見ながら麻理は吹き出すのでありますよ。
「30年経ってもあなたって変わらないのねえ。」 「変わってたまるかってんだい。」
「そういう頑固なところが好きなのよ。 私。」 「そうかそうか。 良かったなあ。」
 居間でコーヒーを飲みながら夫婦水入らずの時を過ごすのです。 ああ贅沢。