桜の舞う夜、彼らは


 伊織がそっと手首を触る。
 ……でも、痛みはない。

「痛む?」

「いや、大丈夫」

「そうか」

 伊織はホッとしたように表情を和らげた。

(……あ)

 そういえば、とふと思い出す。
 さっきの男にさらわれそうになったことは言ったほうがいいのだろうか。いや、でも言ったは言ったで面倒くさそうだな。

 ……でも、しっかり報連相(ほうれんそう)はしたほうがいい、よね。

 しょうがないか、と伊織の方を向く。

「伊織」

「……ん?」

「さっき『Ruo』に来る前に男に拉致られそうになった」

「ごほッ!!」

 飲んでいたコーヒーをぶちまけそうになる伊織。

「伊織きたなーい! え? なんで吹き出したの?」

 優弥もこっちに寄ってきて、伊織を見る。

「だっ、大丈夫?」

「っおい、それどういうことだ」

 伊織は怖い顔でキッと私を睨む。
 私はあはは……と苦笑いしながら答える。

「ここに来る時に前私のほっぺ切った男と遭遇《そうぐう》して、私なんにもしてないのにやられたらやり返すっていう馬鹿みたいな理由で連れ去られそうになって……。
 煽ったら蹴られたし、正当防衛で柔道技で仕返した。それで逃げてきた」

「えぇ!? 鈴って柔道できるの!?」