(“あの女”って、誰なの?)

ベッドに仰向けになったまま、私はスマホの画面を見つめていた。

匿名の送り主。
名前も名乗らず、ただ一方的に送られてくる――不穏な言葉たち。

(……見せかけの優しさに騙されないで)

(……今度は、あんたの番)

なんの根拠もないはずなのに、胸の奥に染みついて離れない。
昨日あれだけ瀬那のことを信じたはずなのに。
抱きしめられたときのぬくもりが、確かに心に残ってるのに。

それでも、こんな言葉に、心をざわつかせてしまうのは――

(“あの女”って誰?)

送り主は名前を出してこない。
でも、私の中で、ひとりだけ――顔が浮かんだ。

それは、数日前。
放課後、校舎の裏、フェンスの前で偶然出会った“女の子”。

制服は、私たちの学校のものじゃなかった。
だから、同じ学校の生徒ではない。
だけどそのときの彼女の視線と、瀬那の反応が、今もずっと頭に残ってる。

彼女は――凛音って名前だった。

「……昔ちょっとね」

あのとき彼女が言った、たったひと言。

そして、私が勇気を出して聞いた「元カノ?」という問いに、瀬那は「まあな」とだけ答えて――
「でも今は関係ない」と、私を見つめて言った。

(……関係ないって、ほんとに?)

胸の奥に、小さなざらつきが残る。
あのときの凛音の目は、どこか“試すような”“値踏みするような”光を帯びていた気がした。

でも、それ以上は何も知らない。

彼女がどんな人なのかも、今どこにいるのかも、瀬那とどんな終わり方をしたのかも。
――全部、分からないまま。

(だけど、“あの女”って言葉が、なぜか凛音を連想させる)

証拠なんて、何もない。
ただの勘。直感。……でも、心が拒絶できなかった。

“私が知らない瀬那”を、彼女はきっと知ってる。

(……だからって、疑いたくなんかないのに)

私は目を閉じた。
瀬那を信じると決めたばかりなのに。
ほんの一通のメッセージで、ぐらついてしまう自分が、情けなくて仕方なかった。

 

* * *

次の日、月曜。

制服の襟を直しながら家を出た。
空は曇り気味で、朝の風がやけに肌寒い。

(今日も、普通に過ごせるよね……)

そう思いながら学校に向かう道すがら――
ふと、背後から視線を感じた。

(……え?)

振り返る。
でも、そこには誰もいなかった。

(気のせい……だよね)

けど、昨日も一昨日も、こんな風に“誰かに見られてる気配”があった気がする。

瀬那と別れたあの夜も。
フェンスの前で凛音とすれ違ったときも。

(まさか……)

(『今度は、あんたの番』)

不安が、じわじわと背中を這いのぼってくる。

何かが始まっている。
もう、普通の毎日には戻れない――そんな予感。

 

* * *

放課後。

私は、倉庫の裏手にある人気のない場所で、瀬那を待っていた。
少し遅れて現れた彼は、相変わらず無愛想なのに、どこか優しい顔で私を見た。

「待った?」

「……ううん。今来たとこ」

「寒くね?」

「ちょっとだけ。でも……平気」

そう言って、瀬那が私の肩に自分のジャケットをかけてくれる。

(……優しい)

何も言わず、ただ隣にいるその距離感が、今はたまらなく愛しくて。
でも――

(その優しさが、少しだけ怖くなるときがある)

(まるで、全部を隠そうとしてるみたいに)

私が口を開こうとした、そのときだった。

「なぁ、叶愛」

「……ん?」

「凛音のこと。ちゃんと話す」

瀬那の低い声が、風に消えないように私の耳に届いた。

「……え?」