静まり返る部屋に、降り始めた雨の音が響く。

「ははっ、急に優愛入ってくるからびっくりした」

「だって、わたしのせいで、璃央がお母さんにひどいこと言われてたから」

「優愛のせいじゃないよ。昔から俺のこと嫌いだから、あの人」

立ってるのもしんどくて、布団に座る。

「俺の父親、超クソで。箱入り娘だった母さんたぶらかして駆け落ちした挙句、
妊娠中に借金だけ残してどっか消えたみたい。
しかも、最悪なことに俺と顔がそっくりでさ。
そりゃ、嫌いになるよな」

「顔が似てなければ」「せめて娘なら」子どもの頃、母親にずっと言われてきたけれど、
父親の写真はないから実感が持てなくて、
そう言われる度に、傷ついていた。

だけど、中1の時、初めてその人の顔を見た。
家に帰ると泣き叫ぶ母さんと、そんな母さんに手を上げる男がいた。
男は母さんの財布から金を抜き取って家を出て行った。
一瞬、すれ違っただけ。
だけど、その一瞬でこの人が父親だと分かるくらい自分に似ていた。

そのあと、初めて母さんに叩かれた。
今まで心無い言葉は言われてきたけれど、手を上げられたのは初めてだった。

「あんたなんかいなければ!」

その言葉は俺に向けられたものでもあって、
俺を通してあの男に向けたものでもあった。

首を絞められて苦しいのに、目の前の母さんの方が苦しそうで、
受け入れてしまっている自分がいた。

この人には俺にこんな仕打ちをする権利がある。
なんだかそんな風に思えてしまった。

俺がいなければもう少し生活が楽だったかもしれない。
俺がいなければ顔を見る度、あの男のことを思い出さずに済んだかもしれない。

「ごっ、ごめん、なさい・・・」

申し訳なくて、息ができなくなる中その言葉を呟くと、
ハッとした顔で母さんが俺の首から手を離した。

そして、複雑な表情を浮かべ家から出て行き、
それ以来、母さんはほとんど家に帰って来なくなった。

「だから、慣れてるっていうか。
とにかく、優愛のせいじゃないから」

できるだけ明るく、重くならないよう優愛に話した。
俺に対する母親の態度は優愛のせいじゃないことだけ分かってほしくて。

本当は俺の暗い部分なんて一生、知らないでいてほしかった。
こういう顔をさせてしまうって分かってたから。

苦しそうな、今にも泣きだしそうな顔。

そんな顔されるとどうしていいか分からなくて、
笑いながら話を逸らす。

「そういえば、すごいビニール袋重そうだったけど、何買って・・・」

気づけば優愛の腕の中にいた。

「優愛?」

何も返事は返ってこなくて、代わりに抱きしめる力がさらに強くなる。
まるで自分の存在を肯定してくれているような気がした。

子どもみたいに優愛にすがりつき、
心の奥底にしまいこんで、ずっと知らないふりをしていた感情が
涙になって静かに流れる。

優愛は何も言わずに、優しく頭を撫で続けてくれた。

「優愛、熱移ったら俺がちゃんと看病するから、今日はそばにいて」

「うん、ずっと璃央といる」

どうか今日だけは、この温もりを独り占めさせてほしい。