レンガ造りのおしゃれな洋食屋さん。
まだ“Close”の札がかかったドアを、璃央は迷いなく開けて入っていく。

「店長、短期のバイト候補連れてきました」

璃央の後ろ姿を追いながら、早まる鼓動をどうにか落ち着けて中へ足を踏み入れる。

「初めまして!田嶋 優愛と申します!」

「おっ、元気いいね。まぁ2人とも座って」

“店長”と呼ばれた50代くらいの男性は、にこにこと人懐っこい笑みを浮かべ、
わたしたちを席に促した。

少し緊張がほぐれる。
優しそうな人で、ほんの少し安心した。

そのあとの人生初めての面接は、質問というよりほとんど世間話のようなもので、
拍子抜けするくらいあっさりとゴールデンウィーク期間限定の採用が決まった。

「今日はありがとうございました」

ドアが閉まり、カランカランとドアベルの音が鳴る。
その音を聞いた瞬間、張り詰めていた息がようやく漏れた。

「はぁ~緊張した」

「優しい人だから、そんな緊張することないって言ったのに」

璃央が少し笑いながらこちらを見る。

「だって初めての面接だし、緊張するよ」

璃央はいくつもバイトをやっているから、もう慣れたもんだろうけど。
店長さんとも自然に話していて、なんだかいつもより大人びて見えた。

「でも、なんで急にバイト?」

歩きながら尋ねてくる璃央に、「母の日」とだけ答える。

「母の日?」

「うん。ゴールデンウィーク終わったらあるでしょ?
せっかくバイトできるようになったし、今年は自分のお金でママに何かあげたいなと思って」

そう言うと、璃央は一瞬だけ何か考えるように目を伏せ、
すぐにいつもの笑顔でわたしの頭をわしゃわしゃと撫でてきた。

「優愛ちゃんは、いい子だね~」

「ちょっと、やめっ」

璃央の手を払いのけながら、ボサボサになった髪を手ぐしで直す。

「璃央は? 母の日、何もしないの?」

「・・・うん、しないよ」

なんか一瞬変な間があった気がしたけど、お構いなしにわたしは続けた。

「ちゃんと何かしないとダメだよ璃央。こんなイケメンに産んでもらってんだから」

「ははっ、お前、ほんと俺の顔好きな」

「うっ、そりゃ顔はね!逆に璃央の顔、嫌いな人そうそういないよ」

「いや、いるって。うちの母親とか」

「えっ?」

空気が一瞬、ぴたりと止まった。
でも、わたしが次の言葉を探すより早く、璃央は軽く笑って言った。

「な~んてな。確かに俺の顔嫌いな人そうそういないわ」

「調子に乗るな」

わざと冷たく返すと、璃央はまたいつものように楽しそうに笑った。
その笑顔を見て、わたしもほっと胸をなでおろした。

「てか、優愛。うちの店、結構大変だから覚悟しとけよ」

「大丈夫だって。任せて!」

なんて、この時のわたしはいったい何を根拠に言えたんだろう。