匡人は「勉強する」と言って部屋に戻ってしまったので、
俺はひとりでリビングのソファに沈み込んで、なんとなくテレビを流していた。

「あれ、璃央まだいたの?」

風呂上がりの優愛が、声をかけてくる。

「悪かったな、まだいて」

「別に、そういう意味で言ったんじゃ・・・」

拗ねたような口ぶり。
そういうところも、ほんとに可愛い。

「優愛のこと待ってた。こっち来て」

そう言うと、ちょっと警戒しつつも素直に隣へ座ってくる。

近づく香り。少し湿った髪。
そして、真っすぐ俺の顔を見上げてくるその目。

「ずっと嘘ついてて悪かった。
でも別に優愛のことからかいたかったとかそういうんじゃなくて・・・」

「分かってる。わたしのためでしょ?」

優愛が言葉を被せてくる。

「お兄から聞いたの。
璃央がトマト食べてくれるようになった理由も、目玉焼き嫌いって言った理由も。
ごめんね、今まで無理させて」

「無理なんかしてないよ」

ほんとにそうだった。

ただ、優愛に何かしてあげたかっただけ。
優愛が笑ってくれると、それが何より嬉しかっただけ。

「嘘。トマト入ってたらお兄とか曽田くんに押しつけるんでしょ?」

「いや・・・」

「目玉焼きだって最後まで大事に取っておくくらい好きなくせに」

「それは、まぁそうだけど・・・」

「それ、やだ」

「えっ・・・」

「わたしのために璃央が何か我慢したりするの、わたしやだよ」

そのまっすぐな声に、胸がぎゅっと締め付けられる。

「ごめん」

「もうしないで」

「分かった。でも、俺も優愛が俺のために我慢するの嫌だから
優愛の分の目玉焼きは優愛が食べて、俺の分のトマトは俺が食べる。いい?」

「うん。・・・ふふっ。当たり前のこと真剣に話してるの、なんか面白いね」

「ふっ、確かに」

優愛が笑い始めるから、つられてこちらも笑ってしまう。

こんな時間が、ずっと続けばいいのに。

「ねぇ璃央、他にはもうない?」

笑いが落ち着いたタイミングで、優愛がふいに真顔で尋ねてくる。

「何が?」

「嫌いなのに好きなふりしてたり、
好きなのに好きじゃないふりしてるの、とか」

ドクン、と心臓が跳ねる。

好きなのに好きじゃないふり・・・。

真っ直ぐな瞳を向けてくる目の前のこの子。

俺の“好きなもの”の中で、いちばん大きな存在。

「ないよ」

心の中の本音とは違う答えを口に出す。

「ほんとに?」

「しいて言うなら、半熟の方が好きかも」

「やっぱり!璃央、もうほんと嘘ばっかり」

「ははっ」

そう、嘘ばっかり。

素直で真っすぐな優愛や匡人とは正反対。
そんな奴、やっぱり優愛には相応しいはずがない。

それに恋愛なんて、別れたらそこでおしまい。
別れ方次第では、強い愛ほどそれが憎しみに変わる。

そんな風にはなりたくない。

優愛に嫌われても構わない。
その代わり、ずっとそばで、笑っている姿を見ていたい。

だからこの嘘だけは、許してほしい。

「ごめんな、優愛」

頭を撫でながら、そっともう一度だけ、謝った。