バイトが終わり、向かった先は家ではなく田嶋家。

匡人から「バイト終わったら、すぐうち来て」とだけメッセージが届いていた。

なんだよそれ、って思いながらもインターホンを押すと、
出てきたのは匡人だった。優愛じゃないことに、思わず少しホッとしてしまう。

「遅かったじゃん」

「いや、バイト終わってすぐ来たし。
てか、用事ってなに? 俺、いま優愛とちょっと気まずいんだけど・・・」

「まぁいいから、入って」

いや、だから“気まずいから帰りたい”って意味なんだけど・・・。

そう思いつつも、ドアがもう少し大きく開けられて、
断るタイミングを失ってしまい、仕方なく「お邪魔します」と一歩足を踏み入れる。

「璃央、晩飯食った?」

「いや、まだだけど」

急ぎの用かと思って、コンビニに寄るのもやめて来たのに。
匡人は別に焦ってる様子もなく、ゆったりと玄関を閉める。

・・・帰りたい。

今日は優愛に長年の嘘がバレてしまった。
優愛に「嫌い」と言われるのは慣れていても、
今日みたいな感じは、今までのそれと違っていて・・・どうにも落ち着かない。

どうすれば許してもらえるのか。
その答えはまだ見つからないまま、匡人に促されてリビングに入る。

そして──そこには、優愛が立っていた。

「優愛・・・」

とりあえず笑ってみたものの、次の言葉が出てこない。

でも、俺が口を開くより早く、優愛の手が俺の腕を掴んだ。

「お兄に手伝ってもらって、晩ごはん作ったの」

その言葉に目を向けると、テーブルには、
白米と唐揚げ、サラダ、そして目玉焼きが置かれていた。

「これ、優愛が?」

「作ったって言っても、ほぼ目玉焼き焼いただけだけど。
しかもちょっと失敗しちゃったし」

よく見ると、確かに端っこがほんのり黒い。

だけど、それさえも普段料理をしない優愛が一生懸命作ってくれた証拠のようで愛おしい。

「うまそう。食べていい?」

「・・・うん」

優愛が小さく頷いたのを見て、俺は椅子に腰を下ろした。

「いただきます」

さっきまで食欲がなかったのに、
優愛の手料理を前に急に腹が空いてきた。

目玉焼きは最後まで取っておきたかったけど、
不安そうにこちらを伺う優愛の顔が気になって、最初に箸を伸ばした。

よく焼かれているせいか少し固めではあるものの、味に支障はない。

「うん、うまい!」

そう言うと、優愛は「ほんと?」と半信半疑の顔。

だからもう一度「うまいよ」と俺が言うと
ようやく少し安心した表情になってこちらもほっとする。

「ごめんね、うまく半熟にできなくて」

「いや、俺半熟よりこっちの方が好きだから」

嘘。
ほんとは半熟の方が好きだけど、
優愛を悲しませたくなくてまた嘘をついてしまった。

というか、優愛が作ってくれたのだったら
完熟でも半熟でも焦げててもなんでも嬉しいから
まったくの嘘というわけではないかもしれない。

でも、またバレたら怒られるかもな・・・。

そんなことを考えていると優愛が立ち上がり、冷蔵庫から何かを取り出した。
戻ってきた手には、器いっぱいのカットトマト。

「璃央」

「・・・はい」

真剣なまなざしで名前を呼ばれ、思わず背筋が伸びる。

・・・まさか俺に「これ全部食え」とかじゃないよな?

いや、でも。
もしそう言われたら食うよ。
この数年間、優愛の前ではずっと好きなふりして食べてきたわけだし。
いつもより量多いけど・・・。

そう覚悟をしていると、優愛がフォークでトマトをひと刺し。
そして、そのまま自分の口に運んだ。