快晴の体育祭日和。
グラウンドには応援の声と、土ぼこりと、あの頃の空気が広がっていた。
ムギはハチマキをきゅっと結び直しながら、日焼け止めを塗る。
焼けるのを気にするあたり、完全にアラサーの感覚だ。
だけど今日は、そんなことはどうでもよくなるくらい、熱くなれそうな気がした。
「ムギ〜!次リレーだよ!バトンよろしく〜!」
「任せなさいっ!」
久しぶりの“本気ダッシュ”。なんか筋肉痛になりそう。
そして迎えた昼休み。日陰でおにぎりを食べながら、高尾を見つける。
「おつかれ〜!高尾、次100m?」
「おう。ムギはリレー終わったんだろ?走ってるの見たぞ〜」
「えっ、見てたの!?どお?フォームきれいだった?」
「うん、正直、顔が真剣すぎてちょっと笑った」
「うわ、やめて〜!でも……がんばってたでしょ?」
ちょっと小首をかしげて、笑顔をつくる。
——大人になって身につけた“武器”を、あえて使ってみた。
「じゃあ今度は高尾の番。がんばって❤️」
高尾の耳が一瞬で赤くなる。
「は?お前、それ……ずるくね?」
「え?なにが〜?」
「……いや、いい。とにかく、見とけよ」
次の競技は「100m走・男子」。そして——高尾の出番。
よーい、ドン!
高尾は飛び出す。想像以上の速さ。
腕を振るたび、髪が揺れる。観客もざわつく。
そしてゴール直前——
「ムギーーー!!!がんばったぞーーー!!!おれーーーっ!!」
絶叫しながらのゴールテープ。会場が一瞬、凍る。
「……は?」
「ちょっ……今、ムギって言った?」「おいおい、公開告白かよ!」
「バカだ……あっぱれすぎる……」
「ムギ、公開処刑大丈夫?」「笑うしかない」
周囲のざわめきがムギを包む。
本人はというと——
(え、ちょっと待って、なに今の……めっちゃ注目浴びてんじゃん……)
恥ずかしい。でも、ムギの心はどこか高鳴っていた。
⸻
全競技終了後、グラウンドに夕日が差す。
生徒たちが談笑するなか、男子の輪の中でごそごそ動く人影。
「おい、高尾、今しかねぇって!」
「いけって!あんな叫びしといて、なしとかないぞ!」
「赤くなってるし〜」
「お前らマジ黙れって……!」
もみくちゃにされながら、ひとり飛び出してくる高尾。
真っ赤な顔のまま、ムギのもとへ。
「……ムギ、ちょっと、いいかな」
「えっ、なに? まさか本気で……さっきの?」
「うん、ちょっとついてきて」
⸻
校舎裏。セミの声と夕方の風が吹く。
「……あんなの、まじで恥ずかしかったけど」
「いやほんと……でも、俺、もう我慢できなかった」
高尾の目が、まっすぐにムギを見据える。
「ムギのこと、好きだ。ずっと。前も、今も」
まっすぐで、馬鹿で、子どもっぽくて。
でも、真剣で、どこか懐かしい。
(ああ……これ、忘れてた。この感じ)
「昔のわたしなら、『やめてよね!』って言ってたかもなぁ」
「え?」
「でも今のわたしは……うれしかったよ。ありがと」
「え、ってことは……?」
「それは……ちょっと考えさせて」
「まじかーっ!でも、よっしゃ!一歩前進ー!」
全身でガッツポーズする高尾に、ムギは吹き出した。
「なにそれ、全力すぎ!」
「うっせー!だってマジでうれしいんだよ!」
——この瞬間だけは、未来のことも、戻る方法も、全部忘れてしまった。



