放課後。教室に響くガムテの音と、ダンボールを運ぶ声。
体育祭準備——高校生という生き物がいちばんはしゃぐ季節。
「これ、体育館運ぶから男子よろしく〜!」
「ムギ〜!こっち手伝って〜!」
元・30代主婦、ムギ。久しぶりに味わう“高校生の放課後”。
正直、からだは少し重いけど、テンションは妙に高い。
「ちょっと、みんな若くない?私も17歳なんだよね!?忘れてたわ」
笑いながらも必死に動くムギ。ふと、教室の入り口に影が差す。
「ムギ〜、これ、飲めよ」
「え?」
差し出された缶ジュース。買ってきたのは高尾だった。
さっきまでいなかったのに、いつの間に!
「サンキュー……って、私だけ?」
周囲が一瞬ざわついた。
「え〜!ムギだけ〜!?」「なにそれ〜、特別待遇じゃん!」
「ちょ、やめてよー、そういうの〜!」
——って、言ってたな、昔の私。
でも今の私は違う。
「ふふっ、ありがとう♡」
わざと“あざとさ全開”で受け取る。
(昔の私は、茶化されると“やめてよね!”ってツンデレかましてたな。
……青いな、ほんと。あーいうとこ、かわいくなかった)
(今の私は……“大人の余裕”で、全然いけます♡)
一人で内心ニヤニヤしながら、校庭のベンチへ。
そこに、当然のように高尾も座ってきた。
「これさ、ムギがオレンジ好きだった気がしてさ」
「おお、記憶力〜。……てか、なんで覚えてるの?」
「さあ?ムギのことは、なんか、覚えてんだよな」
夕日が差し込んで、横顔がやけにキラキラして見える。
気のせいじゃない。確かにちょっと、かっこよく見えた。
「俺さ、こういう時間……ムギと話してる時間、わりと好き」
「えっ……ちょっとまって、それ“どの好き”?!」
「“あの好き”だけど?」
うわ、真正面から言われた。
昔なら照れて押し返してたけど——
(いや、待って。ドキドキしてるし!)
ムギは無言でジュースをのむ。
⸻
その夜。
「ムギ〜!明日みんなで買い出し行くんだけど、行ける〜?」
メール(ガラケー仕様)が活発に動いてる。
返信しながら、ムギはふと笑ってしまう。
(“女子高生”やり直してるな、私)
昔できなかった“キャッキャ”も、“キュン”も、ちゃんと味わってる。
でも——このままでいいの?
ムギの胸の奥で、うっすらと“未来”の不安が揺れはじめていた。



