「これ、どうぞ」
ふみくんが差し出してくれたドリンクとポップコーン。
いつもなら「ありがと〜」って軽く受け取るだけなのに、
今日は、なんだか目を合わせるのがこそばゆくて、視線を逸らした。
(変な空気になってないかな……)
ロビーのざわめき。近くにいるカップルの笑い声。
全部が少しだけ、遠く感じた。
ふみくんと二人で映画を観る――
それだけのことが、
どうしてこんなにも、自分の心を揺らすのか。
「そろそろ入ろっか」
「うん」
同じタイミングで言葉を重ねて、笑い合った。
自然と、さっきまでの緊張がほぐれていく。
館内は暗く、予告編の音が低く響いていた。
肘掛けひとつを挟んで並んだふたり。
スクリーンが光を放つたび、ふみくんの横顔がチラチラ見える。
(ちゃんと、前見てなきゃ……)
そう思ってるのに、意識はずっと――
隣の、彼の存在に吸い寄せられていた。
⸻
中盤、物語が佳境に入った頃。
恋人たちがすれ違って、再び惹かれ合う場面。
画面の中では、指先が触れ、やがて手が重なる。
その瞬間、ふみくんの手が――
そっと、ムギの手の上に重なった。
(……え?)
驚いて顔を向けると、
ふみくんはスクリーンを見たまま、何も言わなかった。
ただ、手を――
強くもなく、弱すぎることもなく、
「ここにいるよ」と伝えるみたいに、やさしく重ねていた。
ムギは一瞬迷ってから、
ぎゅっと握り返した。
(……やだ、涙出そう)
目の奥が熱くなる。
でも、泣いちゃいけない。まだ映画中。
だから、ただ手だけを強く握った。
心が、確かに、揺れた。



