昼休み。チャイムが鳴ると同時に、生徒たちは机をガタガタと動かし、カバンを開けて弁当を取り出す。
その中を、ムギと高尾は、並んで購買へ向かっていた。
「いやー、毎日この列ヤバいよな〜。てか、ムギ、前も買ってたよな?メロンパン。」
「うん、あたしそれ好きだった……んだと思う」
「んだと思う、って何?笑 昨日まで記憶失ってた人?」
「……かもね」
ムギは苦笑いしながら、棚に並んだ菓子パンの中から、チョコチップ入りのメロンパンを手に取った。手触りも、パッケージも懐かしすぎて、少し胸がきゅっとなる。
購買の前のベンチに座って、二人でパンを食べる。
「うまっ!これ、やっぱ神だわ。俺、あと2個買っとこ」
「……どんだけ」
昔と変わらない空気感。
でもムギは、自分の中で何かが“変わり始めている”のを感じていた。
(高尾って……こんなふうに、自然と隣にいてくれる人だったんだっけ)
いつも明るくて、ちょっと騒がしくて。でも、さりげなく気づいてくれる優しさがあった。
そのことを、昔の自分はちゃんと見てなかった。というか、見ないようにしてた。
「ムギ〜、口のとこチョコついてる。ほら」
高尾が、指でムギの口元をさわろうとしてくる。
「……自分で取るから!」
ムギは慌てて手でふいて、顔をそむけた。
——でも、ちょっとだけ頬が熱かった。
(なに照れてんの、30代……)
自分にツッコミを入れつつ、パンの袋をぎゅっと握る。
⸻
そして——その夜。ムギは実家の布団にくるまりながら、ぼんやり天井を見上げていた。
さっきの高尾との会話。
あの自然な笑顔。
「またこうして隣にいられる」ことの、不思議な喜び。
でも——ふと頭の隅に浮かんできたのは、現実での最後の夜のことだった。
⸻
その日、ムギはバタバタと仕事を終えて、実家へ向かっていた。
マナトを母に預けて、地元での同窓会に参加するため。
「ふみくん、じゃあ、家のことおねがいね、本当助かる……」
そう言って家を出ようとしたとき、ふみくんの声が背中に刺さった。
「……本当に、行かなきゃいけないの?同窓会。」
「え?」
「マナトだって風邪気味だし、今週ずっと残業だったでしょ。母親が、仕事して、たまの休みに遊びに行くって……それ、優先順位おかしくない?」
「……は?じゃあ、なに?私には“たまの息抜き”すらダメってこと?」
「そう言ってない。でも、マナトのことを第一に——」
「第一に考えてるよ!でも……私だって、たまには自分の時間欲しいよ……」
言い合いになった。口調は、だんだんエスカレートしていく。
「——もういい!何言っても無駄だね。
マナト預ける“ついで”に、私は実家に泊まります!」
そう言って家を飛び出した。
怒りと悲しさと、うまく言えないモヤモヤが混ざっていて。
そのまま、ムギは同窓会に向かった——。
⸻
布団の中で、ムギは静かに息を吐いた。
(あの夜、あんなふうに言い合ってなかったら、今——私はここにいなかったのかな)
でも、だからこそ——
ムギは「今」をやり直すチャンスをもらったのかもしれない。



