「高尾、バイト何時まで? そのあと時間ある?」
ムギの声は、息を切らしながらだった。
追いかけてくれたのがわかって、胸の奥がきゅっとなった。
──でも。
「ごめん、ないわー。また改めて誘う!」
笑って言い切った声は、嘘だった。
•
「……くそ」
その数分後、バイト先のバックヤードで、高尾はぽつりとつぶやいた。
休憩室の椅子に、ドサッと腰を落とす。
「なんで、あんなこと言ったんだよ……」
ムギの顔が、目の奥に焼きついて離れない。
追いかけてまで声をかけてくれて、
わざわざ時間を作ってまで話そうとしてくれて――
本当は、あのままどこかに行きたかった。
時間なんて、作ろうと思えばいくらでも作れた。
でも、怖かった。
何を言われるか、わからなくて。
ムギがもう、自分のことを過去として話すのかもしれないって思ったら、
それを受け止められる自信がなかった。
「ムギは……俺に会って、どうするつもりだった?」
その答えが知りたくて、でも聞けなくて、逃げた。
あの笑顔の裏に、どんな想いがあったのか。
自分を笑って許しに来たのか、
それとも――もう本当に、終わらせに来たのか。
「くそ……っ」
背中を丸めて、額に手をあてた。
自分が情けなくてたまらなかった。
どこで間違ったんだろう。
あの時、自分の想いをぶつけていれば。
でも、今さらどうやって――
•
バイト仲間が呼ぶ声に、高尾は顔を上げた。
「高尾、次出番だよ」
「ああ、いく」
返事はしたけれど、心は全然違う場所にいた。
──ムギ。
まだ、ちゃんと話せてないよな。
でも俺、どうやって素直になればいい?



