「高尾!」
ムギは咄嗟に声をあげていた。
遠ざかる背中に、思わず手を伸ばすようにして。
「たまたま、会っただけだよ!」
その言葉は、ふみにも、自分自身にも向けられたようだった。
もう、ハッキリさせないとだめだ。ムギは覚悟をきめた。
「高尾、バイト何時まで? そのあと時間ある?」
少しだけ振り返った高尾の表情は、笑っていた。けれど目は笑っていなかった。
「ごめん、ないわー。また改めて誘う」
それだけ言い残して、彼は背を向け、走り去っていった。
──まるで、何かから逃げるように。
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ムギはしばらくその場に立ち尽くしていた。
さっきまで楽しかった気持ちが、風船みたいにしぼんでいく。
その横に、ふみが静かに近づいてきた。
「……俺さ、ミホに“ふみくんのせいだよ”って言われた」
ぽつりとこぼしたその言葉に、ムギの胸の奥がズキンと反応した。
──ふみのせい? 何が? 私がこんなにぐちゃぐちゃになってること?
ムギは一歩、ふみに向かって近づき、声を荒げた。
「ねえ、どういう意味で言ってるの? どう返事してほしくて、それ言ってるの? その言い方ずるくない?」
「え──」
「私の気持ち、探ってる!? 昔からそうだよ、ふみは! はっきりしないし、優しすぎるし! ほんっと、ふみは昔からそう!!」
言いながら、ムギの目に涙がにじんだ。
これは怒りじゃない。
悔しさと、寂しさと、どうしようもない想いのミックス。
言ってしまった、と気づいたときには遅かった。
でも、引っ込められない。
だからムギは、少し震えた声で続けた。
「……ごめん。ふみくんとの関係がはっきりしなくて、当たってしまった。偶然会っただけなのに……失礼しました!」
精一杯の皮肉と、精一杯の誤魔化しをこめて言い残し、ムギはくるりと背を向ける。
本当は引き止めてほしかった。
でもそれを言えるほど、素直にはなれなかった。
ふみは、何も言わなかった。
ただ、ムギの背中を、静かに見送るしかなかった。
──「ほんと、ふみは昔からそう」
その言葉が、ずっと耳の奥で響いていた。



