ムギはペダルをこぎながら、どこかふわふわした気分で街の景色を眺めていた。
信号待ちで立ち止まった交差点。いつものコンビニ。そこに貼ってあるお茶のポスターに目が止まる。
「……わー、これ、あったわ……」
あの頃、テレビで流れてた懐かしい音楽とともにCMが脳内再生される。じわっと、鼻の奥がツンとする。
「なに?感傷?」
隣でユカが笑う。ムギはごまかすようにペダルを踏み出した。
高校に着くと、門のところで部活中の男子たちがボールを投げ合っていた。制服の下にジャージのズボンを履いたり、学ランの襟を立てたり、今じゃ完全に絶滅したスタイルが、ここではまだ“現在”として息づいている。
「うわ、絶滅危惧種……」
「何ブツブツ言ってんの。早く早く、チャイム鳴るって!」
ユカに腕を引っ張られながら、下駄箱を抜けて校舎に入る。コンクリートの壁に貼られたプリント、文化祭のポスター、ズラリと並ぶ上履き。全部、ぜんぶ懐かしい。
そして教室のドアを開けた瞬間——
「おっそーい!ムギ〜!見て見て見て〜〜〜!」
派手な声とともに、ぴょんぴょん跳ねながら近づいてくる男子。ムギの記憶の中で、見慣れた顔。
「……高尾」
まちがいない。テンション高めの、ちょっと痛い男子。
棒キャンディーをくわえたまま、ムギの目の前でにやっと笑う。
「なんだよ〜今日、寝癖すごいじゃん。……てか、なんか雰囲気変わった?」
(変わったよ。中身が30代後半の人妻です)
心の中でツッコミながらも、ムギは笑ってごまかすしかない。
「……そう?寝癖はそっちもなかなかだよ」
「マジで?……あ、てかさ、今日体育終わったあとさ、購買行こうぜ。あそこのチョコチップメロンパン、ムギ好きだったよな?」
(覚えてんのか……)
その一言が、やたら胸に刺さった。
(そうだった。……この人、ずっと好意向けてくれてた。私も……少しは、気になってた。でも——)
ムギの脳裏に、当時の記憶がよみがえる。
「えー、ないわー」「高尾とか、ちょっと無理じゃない?」「ムギ、マジでやめときなよ〜」
あのとき、自分も流されて、笑って「ないない」って言った。
——彼の目の前で。
(取り返し、つかないって思ってた。……でも今は)
教室の窓の外、青空の下に響くチャイムの音。
タイムスリップしたムギの2周目が、ここからはじまる。



