夜、バイト帰り。ふみはコンビニの袋ぶら下げて歩いてる
さっきまで高尾と話してた
……元カノ、か
少し歩く。コンビニ袋の中の肉まんの温度が心地いいけど、胸のあたりがそわそわする
「なんで、俺、あの子の番号きかなかったんだろう」
「今までなら、気になった子がいたら、普通にきいてたのに」
「……いや、“普通に”とか、思ってきけなかったな、今回は」
⸻
(ミホとのメール)
ふみ「今度また映画いかない?」
ふみ「この前みたいに、4人で」
しばらく返事がこない
(10分後)
ミホ「4人って、誰?」
ミホ「ムギちゃんも?」
少し考えて
ふみ「うん」
(間)
ミホ「ふーん。じゃあ、ふみくんはその4人がベストなんだね」
ふみ「えっ、ちがうよ。べつに…」
(未送信)
⸻
……なにか、ちがう気がした。
「高尾に“また4人で映画行こう”って言うの、なんかちがう気がする」
「いや、べつに、深い意味ないし……ただ、ムギちゃんのこと、もうちょっと話してみたいって思っただけで」
「……番号きけないかな。こんど会ったとき、自然に聞けるタイミングがあれば――」
歩きながら、携帯をポケットに戻す
「高尾、ムギのことまだ好きだったり、するのかな」
少し立ち止まって
「……だったら、俺、やっぱり聞いちゃいけないよな」
ふみは、夜空を見上げて深くため息をついた。
* * *
別の日
その日の夜風は、少しだけ湿気を含んでいた。
ふみはバイト帰りのコンビニ袋を片手に、帰路を歩いていた。
リュックの隙間から、映画のチラシがひょこっと顔をのぞかせている。
ちょっと前から気になっていたやつ。
でも、誰かと行くほどでもないし、四人で見れればと思っていたけれど、なんとなく誘えず
一人でふらっと観るほうが気が楽だと思った。
──と、そのとき。
「……あれっ? ふみくん?」
振り向けば、そこにはムギがいた。
明るく笑っている。けど、その笑顔の奥で、なにか仕掛けた猫みたいな光も見えた気がした。
「あ、ムギちゃん……! 偶然だね」
「ほんっと偶然だね〜〜〜! びっくりだね〜〜〜〜〜〜〜〜!」
(心の声:偶然じゃないっ! あなたがこの時間、この道を通るって、調べたから!
しかも私、映画館5回下見したし!)
「このへん来るんだ?」
「うん、たまたまね!」
(心の声:たまたまじゃないけどさ!!!)
ムギの目が、ふみのリュックに突っ込まれてるチラシを見つけた。
「あれ? そのチラシ……映画行くの?」
「あ、うん。まだ観てないやつ。タイミング合えば観ようかなって」
「わ〜〜奇遇〜〜〜! 私も観たいやつでさ、それ!」
一拍置いて、ムギはふみの顔を見る。
その目には、少しだけ駆け引きの色が混じっていた。
「……よかったら、一緒に……」
ふみは少し驚いた顔をして、でも目が合った瞬間、ふわっと笑った。
「いいの? じゃあ……行こうか」
⸻
映画館
館内はほんのり暗くて、どこか懐かしい匂いがする。
ポップコーンの甘い香り。隣には、ふみ。
上映されたのは、ふみが昔から好きだったシリーズの新作。
ムギは映画の細部に集中しながら、心のどこかでふみの横顔も気にしていた。
──ふみくん、あいかわらず集中して観てるな。
──ほんとは、内容けっこう覚えてるんだけどな。過去で何回も一緒に観たから。
エンドロールが流れて、明かりがゆっくりと戻ってくる。
⸻
映画館の外
「やっぱいいなあ、このシリーズ。なんか……バランスがいいっていうか、余韻残るんだよね」
ふみが満足そうに言ったそのセリフに、ムギは一瞬ハッとして、笑う。
「……ふみくん、それ、前も言ってたよ。前……の、映画でも」
ふみが首をかしげる。
「え?」
ムギはあわてて、手を振った。
「あっ、ううん、なんでもないっ!」
ふみは怪訝そうな顔をしながらも、それ以上は何も聞いてこなかった。
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帰り道
駅へと向かうゆるやかな坂道。
言葉が交わされないまま、でも沈黙が気まずくない。
そんなときだった。
「……あのさ」
ふみの声に、ムギが振り返る。
「……ムギちゃんの番号、聞いてもいい?」
ムギは驚いた顔をしつつ、でもすぐに口角が上がる。
「……いいけど?」
ふみは照れくさそうに笑って、携帯を取り出した。
画面の明かりが二人の顔を照らす。
番号を打ち込む手がちょっと震えてたけど、バレてないはず。
「……よかった」
ふみが小さくそうつぶやいた。
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心の声:ムギ
《やったーーーーー!!!ついに番号ゲット!!!》
《スタートライン!!》
《よし、ここから。ふみくんの心、ちゃんとつかまえにいく》



