バイトが終わり、高尾はバックヤードでため息をついてすわる。
そこに「おつかれ」とふみがくる。
「あれ?戻ってきたの?ムギは?」
「いや、あのあとそのままベンチで少し話してむぎちゃんとは解散したよ!また高尾がいるときにご飯行こうねって終わった。」
「そっか。」
高尾は少しホッとした。
そのままムギとふみは二人でご飯に行ったと思っていた。
高尾とふみ、二人でバイト先を出て缶コーヒーを飲みながら歩く。
「てか、ムギちゃんっておもしろい子だよね」
高尾は手に持ったコーヒーの缶を傾けたまま、視線を逸らす。
「そう?」
「うん。なんかこう……空気感というか。飾らないし、感想とかズバッと言うし」
ふみが笑いながらそう言うのを、どこか冷めたような顔で聞いていた高尾だったが、
ふと口を開いた。
「ムギのこと、気になってる?」
「え?いや、まだそこまでじゃないけどさ。どんな子なんだろって」
「……元カノだよ」
「……え?」
ふみの手が止まる。口にしかけたコーヒーが、わずかに揺れた。
「え、マジで?」
「マジで。俺の、元カノ。高校のときから
最近まで付き合ってた」
「うわ、ごめん。なんか、聞いちゃいけないこと聞いた?」
「いや、別に。今はもう、なんもないし」
高尾の声は平坦だけど、少しだけ早口だった。
ふみは眉をしかめたまま、缶をくるくると回す。
「そっか……じゃあさ、あの日映画にムギちゃんも誘ったのって、高尾のためだった?気まずかったら悪かったなって」
高尾は少し笑った。
「ちげーよ。お前についてきてって頼まれたからついてっただけだよ。……気まずくなんて、ないって」
けれどその笑顔は、ふみの目には少しだけ苦く映った。
ふみは、軽くため息をついたあと、
「でも、なんか複雑だよな。元カノって言っても……あの子、まだお前のこと、ちょっと気にしてるようにも見えたけどな」
その言葉に、高尾は黙って空き缶を潰した。
ムギは家に着いた。
(ふみくんとそのまま二人でご飯行くと思ったんだけどな。そのまま解散‥‥。せめて少しくらい送ってくれてもいいのにな。今の所、私のこと全く眼中にないんだな‥)
とベッドに寝転がる。
すると携帯がなる。
高尾だ。
「今日、ごめんな。忙しくて時間通りにあがれなくて。
それでさ、また4人で映画行こうってふみが言ってたけどどうする?」――。
瞬間、心臓が飛び跳ねた。
「うん、行く行く、もちろん行く!!」
思わずテンション爆上がりで即答してしまった。
……なのに。
高尾の反応。
私のテンションに反して、まるで無反応。
嬉しくないんだ。私が喜んでることに、喜んでない。
あれだけきっぱり別れたくせに。
あれだけ「もう大丈夫」って顔してたくせに。
今さら、なにモヤついてんの。
ちょっとだけ胸がチクッとした。
次の日。
ふみとミホの大学。
「ねえふみくん、昨日また4人で映画行こうってメールくれたけど」
ミホはそう切り出しながら、携帯を弄るふりをして、ふみの顔色をちらりとうかがう。
「うん、高尾がまた行こうって。ムギちゃんもオッケーみたいだし」
「それ、誰の提案?」
ミホの声が、わずかにトーンを落とした。
「……え? オレ、だけど?」
「それさ、本当に“4人で”行きたいと思ってるの?」
ふみの手が止まる。
顔をあげると、少しだけ眉をひそめている。警戒、というより、戸惑い。
「どういう意味?」
「映画って、基本座って観るだけじゃん? 4人でいる意味、そんなにないよね。
正直、ムギちゃんと行きたいけど、それを言えない理由があるから“4人で”ってことにしてるように、私は感じたよ?」
ふみは、言葉に詰まった。
そういうの、苦手だって顔。
「……いや、別にそういうわけじゃ」
「ううん、いいの。別に。
私はふみくんと映画観れたらそれでいいし。
たださ、“必要のない人数”で行くのって、なんかムズムズしない?」
わざと強く言い過ぎたかな、とミホは少しだけ思った。
けれど、ふみのその“困った顔”を見ると、やっぱり言ってよかったと確信する。
少しだけ反省して、でも譲らない。
「……別に、座って観るだけなら、私とふみくんの横にあと2人いてもいいけどさ」
言い終えて、ふふっと小さく笑って見せた。
この空気。
この揺らぎ。
ちょっとずつ、仕掛けていく。



