映画当日、高尾と
バイト先のふみくんという人を待つ。

(どのふみくんだろ。全く知らないふみくんか、あのふみくんか‥‥)


「おーい!高尾!」と
笑顔で登場したのは

あのふみくん!!!!

「はじめまして」と笑顔で挨拶してくれる。

「はじめまして」
と緊張しながら返す。
(はじめまして、未来の嫁です。なんてね)と思いながらも横にいる子にもあいさつ。


ふみくんと一緒に来たのはミホ。

(ふみくんを映画に誘ったのはミホかー。そうか。ミホ、当時もふみくんにぺったりだったもんな。)

ふみからチケットを渡される。


これ、ふみくんの好きな映画!!
私、何度もDVD一緒に見たよ!
いや、見させられすぎてちょっと飽きたくらい。
いや、本当に台詞を完コピしてるくらい見てるから‥‥‥



映画が終わる頃には、館内にほんの少しの明かりが灯り始めていた。

ムギは、口を開けて寝ていたことに気づき、ハッと目を覚ます。横では高尾が、今何回目かわからない肘打ちを繰り出す準備中だった。

「……ん、終わった?」

「いや、さっきエンドロール流れてたから終わったと思うけど?」

高尾がぼそっと呟いた。


その後、4人で駅前のカフェへ。アイスティーを注文して、軽い余韻の会話が続く。

「楽しかったですね!」と明るく言ったのは、ミホだった。

そして、まるで狙いすましたように、にこっとムギに微笑みながらこう言った。

「ムギさんは、どんなところがよかったですか?」

高尾がピクッと反応して、ムギの顔を見る。やばい、寝てたのバレたか?って空気を出してる。

——この女、やりやがったな。

ムギはにっこり笑い返すと、ストローをくるくると回しながら、ゆっくりと話し始めた。

「そうですね……たとえば、あのシーン。主人公が夕焼けのなかで“だから僕は君を許すんだ”って言う場面。あれ、監督がインタビューで『赦しのテーマを一番象徴する台詞』って語ってたらしくて。あの光と影の構図、すっごく印象的でした」

高尾はほっとした表情で「おぉ、ちゃんと観てたんだな」と呟く。

ミホの笑顔が、ほんの少しだけ引きつるが、笑みを整え直してから、声のトーンを上げた。

「私は、もっとラストの告白シーンが印象に残ってて。あの『人生を賭けても君を選ぶ』って台詞、まさにロマンチックの極みじゃないですか?」

と言い終わる前に、ふみが

「一緒!!」と笑顔を向ける


「俺、さっきムギさんが言った“赦し”のところ。そこが一番心に残ったな」

ミホの表情が少しだけ止まった。

「“だから僕は君を許すんだ”って台詞。あれ、俺も初めて観たときからずっと忘れられなくてさ。俺も、あそこがいちばんグッときた」

──えっ。

その瞬間、ムギの心臓が軽く跳ねた。

ふみくんはにっこりと微笑む。

まっすぐな目だった。嘘のない目だった。

思わずムギは、冷たいアイスティーのグラスを両手で包み込んだ。

心の中で、何かがカチッと噛み合った気がした。

——あの頃と同じ。いや、あの頃のまんま。


ミホが取り繕うように笑って何かを続けて話していたけれど、ムギの耳にはもう届いていなかった。

ふみくんの「一緒」──その言葉が、胸の奥でリフレインする。

運命の糸が、今また動き出した気がした。


カフェを出たあと、4人は駅までの坂道を歩いていた。

ミホはふみくんの隣を歩きながら、さりげなく彼の袖を引いたり、さっきの映画の続きを楽しそうに話している。ふみはそれにうんうんと相槌を打ちつつ、どこかぼんやりとした表情だった。

その後ろを、ムギと高尾が並んで歩いていた。

「なあ、お前すごくね? 映画寝てたのに、まさかの感想一致させてくるっていう」

高尾がこっそり声をひそめる。

ムギは鼻で笑って、「あれくらい予想できるし」と、とぼけてみせたが──

(違う。あれは、予想じゃない。あの人の感性を、私は知ってる。私だけが)

心の中で、ずっとざわざわしていた。

──何かが違う。




帰り道、ムギは駅の階段を上りながら、背中越しにふみくんの笑い声を聞いた。
ミホと話している。気の合う、自然な会話。
あの世界でも、ふみくんはミホのことを「いい子だよな」って言ってたっけ。

(ああ、だめだ)

自分が何の立場でもないことを、痛いほど思い知らされる。
今の私は、ただの「高尾の友達」。
ただ偶然、映画に付き合ってきただけの人間。

──なのに、気持ちが先を走る。

“思い出の先”を走ってるのは、自分だけ。



高尾が横でこっそり耳打ちしてきた。

「なあ…さっきミホちゃん、なんか攻めてたよな。気づいた?」

「気づいたよ!!!」ムギが小声で怒鳴る。

「すげー鋭かったもん。『どこがよかったですか?』って、ムギ寝てたのバレてて言ってたよ、あれ」

「だよね!!!」

ムギはスタスタと階段を上がっていった。

(ゼロからでいい。もう一度、あの人と恋に落ちたい)

そのためには、まず──

(ふみくんの“目に入る”ところから始めなきゃ)

ムギの目が、ゆっくりと燃え始めた。