──バイト中、携帯がなった。
高尾からの旅行のお誘いメール。

胸の奥にある「覚悟」が、静かに疼く。

(この旅行で……ちゃんと、終わりにしよう)



旅行当日

朝、ムギは駅の待ち合わせ場所にいた。
白いコートの襟を立て、吐く息が白い。
少しだけ緊張している。
「ちゃんと伝えよう」
そう、心に決めていた。

遠くから、あの声が響く。

「ムギー!!待ったー!?ごめんごめん、ちょっと電車ギリで!」

相変わらず大声で、相変わらず真っ直ぐ。
高尾は息を切らしながら、笑っていた。

「……ううん、大丈夫」

笑ってみせるムギに、高尾が笑顔を返す。
それだけで、あの頃の全部が蘇る。
バカみたいに楽しかった高校時代。
真夏の校庭、教室、駅のホーム。
全部、彼がくれた大事な思い出。

電車に揺られて、温泉街に着く。
川沿いの小さな旅館。
部屋に通されると、窓から雪が舞っていた。

「ムギ、ほら、こたつ!おれ、これめっちゃ好きだったんだよな〜」

「うん、知ってる」



「いつもムギバイト頑張ってるから、今日はご褒美だよ。ゆっくりしよ!」

高尾は浴衣に着替え、部屋でごろごろしながらはしゃぐ。
ムギは黙ってそれを見ていた。

夜。
夕食を終えたあと、二人で外に出た。

湯けむりの中、坂道をのぼる。
夜空には星がにじんでいた。

「なあ、ムギ」

高尾の声が、真剣だった。

「おれ、本気で思ってる。ムギと、このまま……結婚したい」

その瞬間、ムギの頭の中に、ふみくんの笑顔がフラッシュバックする。

──それは「大切ないま」だった。

気づけば、ぽろぽろと涙がこぼれていた。

「え、な、なんで泣くの!? やっぱ、嬉しかった!? え!?マジで!?」

高尾はあたふたしながら、ムギの肩を抱く。
でもムギは、そっと彼の手を取って、ふるふると首をふった。



「……え?」

「……ごめん。これで、終わりにしよう」

言った瞬間、自分の声が震えていたのがわかった。

高尾は目を見開き、一歩踏み出して、問いかける。

「なんで? 他に好きなやつでもできた? もしかしてバイト先の人?」

ムギは、首を横に振った。

「ちがうよ。ちがう……けど、きっと、この先の高尾の人生に……わたしはいない。高尾は社長になってロールスロイスに乗る人生」

高尾の顔に、困惑と苦笑が同時に浮かぶ。

「は? お前……大事なこと言うのに、すげえビッグで意味わかんねーこと言うんだな」

ふたりして、ふっと吹き出した。

空気が、少しだけ和らいだ。

「……ごめん。でも、ほんと、ありがとう。」


ふたりで並んで、ゆっくりと部屋に戻っていく。

言いたいことは、たくさんあった。
でももう、いい。
高尾の中に、ちゃんと「ムギとの青春」が残れば、それで。

その背中を見ながら、ムギは思った。

(……高尾、本当に未来でロールスロイス乗ってんだよなー。)

心の奥が、ちくりと痛んだ。
でもその痛みさえ、愛おしいと思えるくらい、
あたたかくて、甘い、青春の終わりだった。