「……ほんとになんでもないの?」
校門を出た瞬間、ゆあがぴたりと歩みを止めた。
のあも歩を止め、スマホをギュッと握る。
「なにかあったら、言ってよ」
その言葉に、のあのまつげが震えた。
「……ゆあ」
「ん?どした?」
「非通知の着信があって。
そのあと、変なメッセージが来たの」
のあがスマホを差し出すと、唯愛は画面を覗き込む。
表示されたメッセージを見て、眉をひそめた。
『彼、ほんとに信用していいの?』
「なにこれ……きも……」
「しかも、彩芽にも言われたの。
“恋くんが、誰かと話してた”って……」
ゆあの目が鋭くなる。
「──わざとだよ、絶対」
「うん……私も、そう思う」
「のあと恋くんが、うまくいってるのが気に食わないんだよ、あの子。
表じゃニコニコしといて、裏じゃ何考えてるか分かんないタイプ」
ゆあそう言って、のあの肩をぽん、と叩いた。
「でもさ、忘れちゃダメ。
恋くんがどんな人か、一番知ってるのは、のあでしょ?」
のあは、ぎゅっと唇を噛んだあと、小さく頷いた。
──そのとき。
「……ん?」
のあのスマホがまた震えた。
新着メッセージ。差出人は──**“九条 恋”**。
『迎えに来た。外、いる』
「……え?」
慌てて顔を上げると、少し離れたところに、見覚えのある黒の高級車が停まっていた。
「のあ……来て」
ゆあが先に歩き出す。
のあは追いかけるように並び、車に近づく。
スモーク越しでも分かる、端正な横顔。
そして、開いた運転席の窓から伸びた、タバコを持つ手。
「……遅かったな、のあ」
低くて、少しだけ眠そうな声。
それだけで、のあの胸の奥がキュッと締めつけられる。
「……ごめん、恋」
「ん。乗れよ」
助手席のドアが開いた。
のあが乗り込もうとしたその瞬間──
「……なあ、唯愛」
恋が、運転席から唯愛を見た。
「……聖、今日連絡なかったって、のあが言ってた」
「うん。私もさっきまで話してたけど、既読すらつかなくて」
恋の表情がほんの一瞬、鋭くなる。
「……探すか」
「え?」
のあと唯愛が同時に言った。
「いや。なんか……変なんだよな。今日」
車内の空気が、一気に重くなる。
車の外は、まだ春の夕方だっていうのに、なぜか妙に、冷たい風が吹いていた。

