答えてはくれないだろうなとは思いながら、立川先生の返事を待っていると、隣の相談室から物音が聞こえた。

カウンセリングが終わったら、保健室と繋がった扉からは戻らずに、向こうの部屋から廊下に出て教室に戻ることもできる。

どっちに来るかわからないし、わたしだったら保健室側のドアを開けて人と目が合うのは気まずいから、さっと椅子の位置を戻して適当に窓の外を見る。


「先生、終わりました」
「はいはい、奥のベッドが空いてるからどうぞ」
「あ、いや、座っても平気です」


その声が耳に入ったとき、一瞬、心臓の音が外からの音を上回って聞こえた。

この声が、もしそうだとしたら、わたしは──


顔を向けないようにしていると、その声の人は不自然に言葉を切って、それきり黙ってしまう。

立川先生が『北条くん?』と呼んでも、黙ったまま。


北条くん。

…………北条くん?


「えっ!」


見ないようにしていたことも忘れて、ぱっと声が聞こえていた方に顔を向ける。


そこには、目を丸くしてこちらを見つめる、男の子がいて。


初めて見る制服姿。

小柄で華奢だけれど、わたしよりも背は高くて、顔立ちは記憶の中のその人よりも大人っぽくなっている。


「……北条理真くん?」
「はい。なんで、フルネーム? 三瀬さん」


わたしが名前を呼ぶと、北条くんはふっと笑った。

目元がくしゃっと綻んで、右の口角が上がると八重歯が覗く。

その笑い方を、覚えている。


「ほ、本当に北条くん、だよね」
「そうだよ、三瀬結衣さん」


今度は、北条くんがわたしの名前をフルネームで呼んだ。

それが何故だか無性に嬉しくて、そして、北条くんを前にして一番伝えたかったことが勝手に口から出ていく。


「わたしたち、また同じクラスなんだよ」


8回目だよ、嬉しいね。

とは言わなかった。

嬉しいのが北条くんもそうだとは限らないし、回数覚えてるのかよって引かれても嫌だから。

でも喜びは隠せずに、笑みがこぼれるのも誤魔化さずに、まっすぐに北条くんを見つめる。


「……知ってるよ」


小声でそう言ったのが聞こえたとき、隣の部屋に続く扉が開いて、カウンセラーの先生が顔を出す。


「三瀬さん、入ってきていいよ」
「あ、はーい。ねえねえ、北条くん、また後で話せる?」


何故か目を逸らされてしまった北条くんに聞くと、先に立川先生が答える。


「北条くんはこのあとお迎えが……」
「まだいるよ。あとで、話そう」


立川先生が言うのを遮って、またちゃんと目を見て北条くんが言ってくれた。

その返事に嬉しくなって、大きく頷いて返事をして、カウンセリングの部屋に入ったところで、ふと思う。

今のわたしの反応、変な風に思われてないかな?