◇
新学期が始まって2週間が経つころ。
木曜日の最後の授業は移動教室で、ぞろぞろと人が出ていく中、朱那のことを呼び止める。
「朱那、わたし次の授業は抜けるね」
「え? あ、なんだっけ。カウンセリング?」
「うん。先生には伝えてるから、何したか後で教えて」
「オッケー、まかせて。行ってらっしゃい」
ひらっと手を振った朱那を見送って、わたしは皆が向かった方と逆に歩き出す。
週に1回、学校に来るスクールカウンセラーとの面談を、大体3週に1回のペースで予約している。
一度保健室に行き、前後の待ち時間があったらそこで待機。
自分の番になったら、保健室の隣にある相談室に呼ばれるようになっている。
「失礼します、三瀬です」
こんこん、と保健室をノックして中に入ると、養護教諭の立川先生がいた。
わたしを見ると、すぐに立ち上がって近くに来てくれる。
「三瀬さん。今日は急に時間変えてもらってごめんね」
「全然大丈夫。この時間、音楽だからむしろよかったなって」
「あれ、もしかして音楽苦手なの?」
「あんまり……歌うのとか、苦手だから」
日によって予約が取れる時間は違って、今日は午後一番の予定だったのだけれど、急遽後ろ倒しにしてほしいと立川先生に頼まれてこの時間になっている。
音楽の時間に被ってラッキー、と思っていたことを、うっかり口に出してしまった。
「わかるよ。聴くのは感性だけど、歌うのは技術だしね」
「そうそう」
フランクに話せるのは、立川先生が物腰柔らかで関わりやすいタイプだからというのと、もう半年近くカウンセリングを受けているから。
待ち時間やカウンセリングの後に保健室で立川先生と話す時間も、わたしにとってはとても大切。
「前に来てる子の開始が少し押しちゃって、まだ話してるから待っててもらえる?」
「はーい」
部屋の中央に置かれた椅子に案内されたけれど、その椅子を立川先生のデスクのそばに持っていって、仕事の邪魔はしないように近くで待ち時間を過ごす。
パソコンのキーボードを打つ音を聞きながら、保健だよりのバックナンバーを捲る。
「立川先生、今話してる子、急に決まったの?」
「え? 珍しいね、そういうことを三瀬さんが気にするの」
「うん、なんか、気になって」
カウンセリングに来ていることをオープンにしていない子もいるだろうし、そもそも個人情報だから誰なのかを聞き出すつもりはない。
順番が変わるのも稀だし、ただ何となく気になった。



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