北条くんといたベンチから、一番近い自販機までは少し距離があった。
自販機で買った水を一口だけ飲んで、すぐには北条くんの元に戻らずに、近くの木に背中をもたれる。
「……どうしよう」
言葉にしたら、形を持ってしまったら。
なかったことにはできなくなるって、わかっていたから。
ずっと、気付かないようにしていた。
北条くんのそばにいると感じる心地良さも、北条くんの笑顔を見ると心が弾むのも、北条くんを知りたいって気持ちも、ここに繋がってるって知っていた。
ボトッと音がして、足元に水の入ったペットボトルが転がる。
しっかりと持っていたのにどうして落ちてしまったのだろうと自分の手を見ると、細かに震えていた。
もう一方の手も同じで、両手を重ねてぎゅっと強く握りしめる。
好きだって、気付いてもいい。
でもそれを、北条くんに見つかってはいけない。
声が、耳の奥にずっと残ってる。
『立川先生、僕、もうあと──』
無駄だとわかっていて、耳を塞いだ。
俯いた足元にはぽたぽたと丸い跡が落ちる。
水を飲み干すと少しだけ呼吸は落ち着いて、早足で北条くんのいるベンチに戻った。
遠目に見えた北条くんは、ハーバリウムを仕舞った箱を大事そうに膝に抱えていて、わたしは初めて、その微笑む顔を見ていたくないと思ってしまった。
「三瀬さん……? 泣いた?」
目は逸らさずに、北条くんを真っ直ぐに見つめる。
首を横に振ると、北条くんは心配そうな目で立ち上がって、口を開きかけたけれど、何も言わずに唇を結ぶ。
「行こっか」
北条くんのことが知りたいと言いながら、わたしのことも知りたいと言いながら、わたしたちは。
本当に大切なことは、何一つ、言えなかった。



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