◇
湖畔をぐるりと囲う遊歩道の脇には、季節の花が咲いている。
紫陽花のエリアは混み合っていて、足を止めずに別の花が咲く場所に移動した。
アヤメ科の花が咲くエリアの一角にベンチがあって、ふたりでそこに座る。
「北条くんはどうしてここに来たかったの?」
行きたい場所がある、と言っていたのは北条くんだ。
確かに花は見頃だし、雨さえ降らなければ暑すぎない良い気候で散歩にぴったりだとは思うけれど、ここを選んだ理由を聞いていない。
「ここに咲く花は、切り花として配っているときがあるんだ。時期や日によるけど……その花を家族がお見舞いに持ってきてくれて。枯らさないように、少しでも長持ちするようにお世話をするけど、初心者だし心得もないし、大抵はすぐにしおれてしまう」
ここに来ると聞いて調べたとき、切り花体験があることは知っていた。
それとは別に、平日に花を配っているときがあるのだと北条くんは教えてくれた。
「花は綺麗だけど、枯れていくのは寂しい。こうして自然に咲いている花を見る方が好きなんだ。それで、今日はここを選んだんだよ」
「お花には詳しいの?」
「種類にはね。お世話はまだ全然。調べて、試しての手探り」
花を送ったことも、送られたこともあまりないわたしにとって、花瓶に活けたあとのことは何にもわからない。
「母の日にあげたカーネーションは結構長く咲いてたよ」
「カーネーションは長持ちするんだよ。でもちゃんと咲いてたなら、三瀬さんのお母さんが大事にしてたんだと思う」
花の話をしているとき、北条くんは穏やかな顔をしていた。
知らなかった一面を知ることができて嬉しい。
もっと、北条くんのことを知りたいと思う。



![[短篇集]きみが忘れたむらさきへ。](https://www.no-ichigo.jp/assets/1.0.763/img/book/genre99.png)